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2話 焼肉食べたい
も、もうだめぇ……っ
がまんできないよぉっ……!!
一度火が付いた欲求は、満たされるまでくすぶり続ける。
希望は自分の奥でふつふつと消えずに残り続ける欲に、はぁっ、と熱いため息をこぼした。
ああんもう! お肉食べたぁーいっ!!
あっ! 焼肉の方です、ごめんなさい!
美味しいお肉を食べたというのに、希望はまだ焼肉を食べたかった。
あの日から数日経っているが、やっぱり食べたい。
焼肉。煙もくもく。
香ばしい香りと、炙られて滴る脂。
濃いタレを纏ったお肉。
すべてをお口いっぱいに頬張りたい。
いつもならなんだかんだライに甘えておねだりしてしまうけれど、今回はなかなかそうもいかなかった。
ライにはつい数日前に、高級なお店に連れて行ってもらったので、さすがに間を置かずに「お肉食べたい」とは主張しづらい。
しかも、しっかりと美味しくいただいてしまったのでなおさらだ。
希望は謙虚な子だった。
一人で食べに行ってもいいが、今の希望はできれば誰かとお話ししながら食べたいと思っている。
おいしいね、って言ったらおいしいね、と返ってきてほしい気分だった。
幸い、希望は友達にも仕事の先輩にも恵まれていて、誰か誘えば望みは叶うだろう。
希望は先ほど雑誌の撮影の仕事が終わって、最終確認を待っているところだった。
今日はライから連絡がないので、この後の夜の予定は空いている。
やっぱり誰か誘っちゃおう! とさっそく希望は連絡先を開いた。
しかし、それと同時に携帯が新しいメッセージを受信する。
携帯を操作すると短いメッセージが表示された。
『正面玄関で待ってる』
わぁ!
約束も事前の連絡もなく急で高慢なこのメッセージ!
ライさんだ! 間違いない!
どっかで見てたみたいなタイミングだね!
さすがだよ!
超怖ぇなこの人。
希望は怯えてメッセージを見つめていたが、次の瞬間にはふにゃふにゃと顔を綻ばせる。
ホラーサスペンスのようなタイミングと内容のメッセージだったが、じっと見つめていたら愛おしさが込み上げてきて、ついつい、ふふふ、と声に出して微笑んでいた。
もう、ライさんったら♡
そんなに俺に会いたかったのかな?
俺もだよ♡相思相愛だね!
恋とは不思議なものだ、と希望は思う。
『恋は盲目』という言葉は正しい。
否定しない。
断っておくが、断じて現実逃避などしていない。
これは、愛と恋の成せる業!と希望は主張したい。
有無言わさぬ短いメッセージに様々な感情を抱きつつ、希望は携帯をそっとしまった。
焼肉は、また今度にしよう。
***
ライの車の助手席で、希望は窓の外を眺めていた。
いつもと違う道を曲がったのに気づいて、「あれ?」と呟いてライを見る。
「ライさんどこいくの?」
「……」
「ライさーん? ねぇってばぁ」
希望が体を少し傾けて、じいっと見つめる。
少し間を空けて、ライがちらりと視線だけ向けた。
濃い緑色の瞳は相変わらず暗くて、その眼差しは鋭くて、怖い。
そして、何てかっこいい男だろう、と希望はドキッとした。
けれど、その目が少し細められて鋭さが和らぐ。
「ないしょ」
はぅっ!!
希望は軽率に胸をきゅんとときめかせ、クラッと恋の目眩を起こしてしまった。
なんなの、その流し目と言い方!
超エロい! かっこいい! 好き!!
希望の心を射貫いたことなど気づかず、ライは続ける。
「だからもうちょっといいこにしてな」
「ふぁ、ふぁい……♡」
「……?」
希望が急にとろん、と瞳を蕩けさせて甘えた声になった理由に心当たりがなく、ライは首を傾げた。
『なんだこいつ、気持ち悪い』とでもいうような眼差しである。
そんなライの眼差しに、希望はにこりと微笑む。
ねえライさん。
それ、愛しい恋人に向けていいやつじゃないからね?
***
その店を前にして、希望は看板を見上げたまま口をぽかん、と開けっ放しにしている。
ライに腕を引かれて店内に入り、店員の丁寧な接客で個室に案内され、席についても、まだ呆然としてた。
ここは……?!
そ、そんな……まさか!?
希望の目の前にはテーブルに埋め込まれている炭火が、網越しに赤く淡く燃えていた。
ライがメニューを開いたが、そのまま希望の前に差し出す。
「お前選べよ」
希望は言われるがままに、メニューを受け取った。
並んでいるメニューはタン塩、ハラミ、カルビ、ロースというような見慣れたメニューから、ザブトンやミスジ、トモサンカク、そしてホルモン系も様々な名前が載っている。
それはこの数日、いや、最初に「お肉食べたい」と思ってから数えれば数週間近く、希望が心の底から欲していたものだった。
金額は見慣れた金額より一桁大きいけれど、希望はもう載っている写真しか見えていなかった。
お、お肉だ……。……焼肉だ!!
「焼肉屋さん!?」
「うるせえな、そうだよ。何だ急に」
希望は興奮のあまり震えながら、それでも抑えきれない喜びにキラキラと瞳を輝かせてライを見つめた。
「な、なんで、だって、お肉……この前食べたばっかりなのに……?」
「あの時お前が終始『これじゃない』って顔してたからだよ」
「ライさんサトリなの? 心読む妖怪?」
「誰が妖怪だ。お前がわかりやすいんだろ」
「えぇ? いや、……うーん……」
希望は断固として抗議したかったが、完全に心を読まれていた手前何も言い返せずにお口をぎゅうっと結んだ。
「……ステーキもおいしかったもん」
「ああ、そうだろうな。『これじゃない』って顔してたのに、食い始めたらあっさり屈してたもんな。この尻軽が」
「言い方酷くない?」
「でも、こっちなんだろ? お前が食べたかった肉って」
「……」
希望はもにょもにょと口を結んで、じっとライを見つめる。
並んでいるメニューと写真を見てみると、心なしか『いいから早く頼んで! 私を食べて! とろけるわよ!』とお肉たちが誘っているような気がしたし、お腹も空いているし、よだれが溢れそうだ。
希望はもう一度ライを上目遣いで見つめた。
「食べたいです……」
「最初からそう言えよ」
「うん……」
「で、何にすんの?」
「あ、あのね! この『至高の三種盛り』と『究極の三種盛り』食べたい!! あとナムルとキムチも頼んでもいい!?」
「なんでもいいよ」
「ありがとう!」
希望はにこにことしながら注文用のボタンを押した。
***
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