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3話 お肉美味しい
木の板の上に綺麗に並べられ、名札までつけられたお肉たち。
さながら、パリのモデルたちのドレスのように、凛々しく美しく、華やかである。
その中から選ばれて、トングで運ばれていくお肉が熱された網の上に降り立った。
同時に、ジュワァッ、と心地よい音が響き渡る。
絶え間ない焼き音の演奏の中、時折脂がとけて滴ると、炭にあたってじゅわっと一際大きい音が響くのがアクセントだ。
艶めかしい赤色は焼き色がついて、つやつやと脂で光る。
そんな光景を希望は大人しく見つめていた。
友達と焼肉を食べに行く時、希望は肉を焼く係になっていることが多かった。
特に強制されたわけではないが、好きな焼き加減で食べれるからと、自然と手が動くのだ。
けれど、今はライがやってくれている。
何もせずに待っている時間というのは新鮮だった。
先ほどから絶妙に希望の好みの焼き加減のお肉が、これまたほどよいタイミングで希望のお皿に乗せられるのも最高。
焼けていく姿を目で楽しみ、香りで味への期待が膨らみ、舌で味わうという、とても贅沢な時間だ。
焼き加減を気にすることなく、肉の美味しさだけに集中できる。
今は網の上でシビレとマルチョウがじっくりと焼かれていた。
ホルモン系って食べ頃難しいよなぁ。
でも、ゆっくり焼いているのを見るの、結構好きかも。
そんなことを考えながら、希望が網の上のお肉を眺めていると、ふはっ、とライが笑った。
顔を上げるとライが希望を見て、笑っている。
珍しい笑い方に、希望は目を丸くして、首を傾げた。
「え、なに?」
「見過ぎだろ」
希望がきょとん、としているとライが網の上から肉を拾い上げて差し出す。
普通にお皿の上に置かれたので、希望は首を傾げながらライとお肉を交互に見つめた。
「……? ありがとう」
お皿の上に乗っていたのはマルチョウだ。
ころころとしていてかわいい形をしている。
脂が中に包まれているので、ころころと転がしながら焼かれていた。
じっくり丁寧に火が通されている。
さっそくいただこう、と希望は箸を手にとった。
「待て」
「?」
ライの声に、希望はぴた、と止まった。
お肉に向けていた視線をライに移し、上目遣いでライを見つめる。
ライは頬杖をついて希望をじいっと見ていた。
「??」
希望は首を傾げる。
なんだろう、どうしたんだろう、と疑問符で頭がいっぱいだ。
それでもライが待てというから、希望は言われた瞬間の体勢で止まっている。
数秒経っても、ライは希望を見つめているだけで、何も言わない。
お肉冷めちゃうよぅ……、と希望が困った顔をしてライと肉を交互に見つめた。
すると、はっ、とライがまた少し笑った。
その笑い方は馬鹿にしているようにしか見えなくて、希望はむぅっと頬を膨らませる。
「なんですか?」
「いや、待つんだなと思って」
「はい?」
「肉待ってるの、おあずけ喰らってる犬みたいだった」
「はあ?」
「待てっていったら待つんだもんな。ウケる」
「はあ??」
希望はなんだこいつ、と思った。
顔がいいからってそんなことしちゃいけないと思う。
お肉が冷めちゃうじゃないか!
希望はとても怒って、頬を膨らませ、唇を尖らせて、不快であることを主張する。
しかし、ライはそんな希望の態度に、にやにやとからかうように笑うだけだった。
希望は効果がないことがわかると、いつものことだ、とため息を一つついてあきらめる。
「いじわる! もう、食べていいですかぁ?」
「どーぞ」
希望はすぐにぱくん、と一口でお肉を頬張った。
くにくにとした食感と弾力を歯で感じる。
一噛みごとに、じんわりと脂の旨味が広がっていった。
おいしぃ~! しあわせ~!!
タン塩もカルビもロースもハラミもシビレも、ザブトンにトモサンカク、ホルモン系、そしてナムルにキムチも、何もかも美味しい。
待ちに待った、ずっと欲していた味と香り、そしてこのビジュアルに、希望は幸せいっぱいだった。
心とお腹が満たされていって、希望はふと考える。
モグモグと、口を動かしながら、考えた。
そういえば……。
前に俺が「お肉食べたい」って言った時に一緒にいたのって
マネージャーの優さんだった気がするなあ……?
希望は少し満たされて落ち着いた頭でよく考えた。
……なんでライさんは
俺がお肉食べたいってわかったんだろう……?
唐突に気付いてはいけないことに気付いて、希望は一瞬だけ動きを止めた。
「ほら」
けれど、ライが焼いてくれた分厚いカルビを目の前に置かれて、思わず頬張ってしまう。
……おいしい~!!
とろけていく肉の柔らかさと脂の旨味と甘みを感じる頃には、もうどうでもよくなった。
これは断じて現実逃避ではない。
焼肉が美味しい。
今はこれがすべてなのだ。
おいしいー……。幸せ……。
希望がにこにこしながら肉を頬張る姿を、ライが呆れたように笑いながら見ている。
「よく食うね。そんなに肉好きだっけ?」
「好き!」
「ふーん。まあ、もう少し肉ついてもいいかもな」
ライがわずかに視線を落としたので、希望は首を傾げて同じように視線を落としてみる。
けれど、何を見ているかわからず、もう一度顔を上げて、首を傾げていた。
「ほら、肉」
「……? ありがとう……?」
ライが希望の皿に肉を乗せる。
しかし、ライは希望の姿を上から下まで、ゆっくりと眺めているので、希望は落ち着かない。
もぞ、っと少し身じろぎしてしまう。
「あとで動くし、もっと食えば? 肉追加する?」
「う、うん……?」
ライが差し出したメニューを受け取ったが、ライの言葉が気になって、希望はまた首を傾げる。
「あの、あとでって?」
「ん?」
「あとで動くって……、な、なにするの?」
「なにって」
希望をじっと見つめて、ライが笑った。
きょとん、としている希望を見て、ライはにまにま笑っている。
一瞬遅れて、希望の顔がぶわわっ、と一気に赤くなった。
ライはそれを見て、ますます楽しそうに笑っている。
なんだこの人!
こんなのセクハラなのに! からかってるだけなのに!
エッチなこと言って、にやにやしてるだけなのに!
なんでこんな無邪気な悪戯っ子みたいに見えるの!?
こんなことが許されるのか?!
……うぅ!
許しちゃうそうだよぉ……!!
希望は不覚にもライの笑みに胸がきゅんきゅんっとしてしまった。
そんな希望の恋心など知りもせず、ライは笑みを浮かべたままじいっと希望を見つめている。
「最近のお前、エロい身体になってきたし」
「え、えろ……??」
「もともとイイ身体してたけどさ。腰つきとかな、……結構イイよ。エロくて」
ライが希望の顔から、ゆっくりと視線を落としていく。顔から胸、テーブルで見えないはずの腰つき、太股まで観察されている気がして、希望は恥ずかしくなって、もじもじと動いた。
どうにかして視線から逃れたいが、逃げ場がない。
俯いていると、皿の上の肉が視界に入った。
「あ、あの、ライさんも食べようよぉ……」
希望は自分の皿に乗せられた肉を差し出す。
ライは先ほどから、希望の半分くらいしか食べていないことに気づいたのだ。
何とか話題を変えて、ライの視線と興味を自分から逸らしたくて、希望は戸惑いながらもライを見つめ返す。
けれど、ライはふっ、と笑って、更に希望の皿へ肉を差し出した。
「あとでな」
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