プロローグ ~いなくなった子

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「愛子ちゃん、間違ったところに出ちゃったことに気付かないで、お母さんがトイレから出てくるのを座って待ってたんだよね?」  コクンと愛子ちゃんは頷く。 「ベンチにスマホを置いたままいなくなったのはどうして? 誰かに声を掛けられた?」  父親も母親も手を止めて私を見つめている。  愛子ちゃんが両親と再会できたことに満足して成仏してしまう前に私は聞き出さなくてはならない。誰が彼女をこんな目に遭わせたのかを。  愛子ちゃんは透子さんを指差してから、苦しそうに両手で自分の胸を押さえた。 「お母さんが? お母さんがトイレで倒れてるよって誰かに言われたの? それでトイレに戻ったのね?」  透子さんは去年、心臓の手術をしている。そのことを知っている誰かが、母親を心配する愛子ちゃんの気持ちを利用してトイレに呼び戻したということだ。  薫ちゃんが色仕掛けで警備員に見せてもらったモールの防犯カメラには、一旦トイレから出たものの慌てた様子でまたトイレに戻って行く愛子ちゃんの姿が映し出されていた。それを最後に愛子ちゃんの足取りはわかっていない。  おそらくは多目的トイレに押し込まれてスタンガンか何かで気絶させられ、スーツケースに詰められてモールから運び出されたのだろう。トイレの出入り口付近は人の往来が多いため、愛子ちゃんに声を掛けた人物は人ごみに紛れていて残念ながら映像では特定できなかった。 「お母さんが倒れてるよって言った人は誰? 愛子ちゃんの知ってる人?」  透子さんがハッと息を飲む声が聞こえた。  愛子ちゃんが頷く。そして、不破さんを指差した。お父さん⁉ いや、そんなはずはない。女子トイレに母親が倒れていることを愛子ちゃんに教えられるのは女性だけだ。
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