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気がつけば、あれほど滴り落ちていた汗はすっかり引いていた。ご両親は愛子ちゃんの遺体を草むらにそっと横たえると、娘の名前を呼びながら顔や身体に絡みつく枯草やゴミを丁寧に取り払っている。
だいぶ遅れてヨタヨタと川から上がって来た薫ちゃんに手を貸すと、ワンピースはびしょ濡れでヒールが片方折れていた。やっぱり捜索の時に薫ちゃんが女装なのはマズいと改めて感じた。
ネットで【死者を捜し出せる美しすぎる姉妹】なんて書かれて嬉しそうにしていたけれど、薫ちゃんはともかく私は美人じゃないし、私たちはイトコであって姉妹じゃないし、そもそも薫ちゃんは女ですらない。
「警察に通報します。こちらの事情をわかっている刑事がいますので」
不破夫妻に確認するために草むらに膝をついた薫ちゃんは完璧な美女に戻っていて、さっきの野太い声は空耳だったかと疑ってしまうほどだ。
立ち上がった薫ちゃんが元カレの平塚刑事に電話する声を聞きながら、遺体の横に立って自分自身を見下ろしている愛子ちゃんに歩み寄った。
「愛子ちゃん、お父さんやお母さんと一緒に空港近くのショッピングモールにいたんだよね? あそこのトイレは出口が二か所あるから、入って来たところと違うところから出ちゃったんでしょ?」
愛子ちゃんがコクンと頷くのと、不破さんが立ち上がるのはほぼ同時だった。
「優さん、愛子と話せるんですか⁉ そこにいるんですか?」
「愛子ちゃんの身体はそこに横たわっていますが、魂はここに立っています。私の言うことに頷いたり首を振ることは出来ますが、言葉を発することは出来ません。だから、愛子ちゃんに質問させて下さい」
不破さんはゴクンと唾を飲み込んで頷いた。その目は実際の愛子ちゃんとは微妙に違う空間を見つめている。
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