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後日談
魔の国、と他国の人間達が畏怖してそう呼び習わすこの国は、広大な領土を維持している。その実態はといえば、人間や亜人と呼ばれる様々な種族の者たちが共に協力し合って、時には争いごとをしながらも必死に生きているというものだった。
その国の王はこの世界でも稀少な血のためか、招かれた国で欺かれ、自身も囚われてしまった。相手は王の血で力を手に入れた、人間と言うにはもう人間と呼べないようなものに成り果てたのだという。
魔の国の民達は王の臣下共々、強大な力を持っている敵を確実に滅ぼすために計画を推し進め、ようやく己の、そしてこの国の王を取り戻した――のだが。
***
「あら、コウ様。お勉強ばかりでは頭が疲れてしまいますでしょう。甘いお茶を淹れましたよ」
ガリガリと音が聞こえてきそうな勢いで、一人の少年が必死に何かを書き込んでいた。言葉は交わせても文字がまだ読めないその少年は、侍女に呼びかけられてようやく時が随分と経過していたことを知ったらしい。目を丸くしてから、ニコリと笑った。
彼の世話をするようにとつけられた侍女たちを始めとして、この少年の笑顔には皆弱い。生来の気の良さが滲み出る、裏表がなさそうな笑みはまさに『神子』と呼ばれてしかるべきだろうと彼らは思うのだ。決して華やかな風貌ではないのだが、笑えばパッと花が咲いたのを見たような気になって、笑いかけられたこちらが思わず嬉しい気持ちになる。
「ありがとう、セラさん」
礼儀正しく頭を下げてからお茶請けにと用意された焼き菓子をほお張り始める。幸せそうに食べる様子に侍女たちの顔にも笑みが浮かんだ。
「リュイの歴史は俺が教えると言っていただろう。それより、勉強のし過ぎじゃないのか」
音もなく扉を開けて滑り込んだ影は、そっと少年の背後に立つと唐突に話しかけた。驚いて椅子に座ったまま飛び上がりかけた少年の反応を楽しそうに見やるのは、この国の主だ。元々冷静さや判断力といった王に必要なものを全て兼ね揃えていると言われているものの、その本性のためか他の者と馴れ合う姿など見せることなど一切なかったのだが、ここに戻ってから――『神子』である少年が傍にいるようになってからは、彼が持ちえなかったものが埋められつつあるようだ。
「だ、だってさ……! アウディオンやみんながいるこの国のこと、もっと早く知りたいんだ」
「嬉しいことを言う」
ふ、と王の顔が綻んだ。
魔の国の王――アウディオンは他に類を見ない美丈夫ではあるが、彼が心を許しているのは恐らく今傍にいる少年の他にはごく少数だろう。
そのごく少数の者たちすら見たことがあるのか分からない表情を惜しみなく晒しているのを、侍女達は眼福とばかりに目におさめつつ、少年に感謝する日々だ。少年が儚くなりかけた時に、自分たちの主が繋がれていた封じの鎖を自ら振り払うほどの力を得られたのだという。それも彼らを見ていれば分かる気がする。
「そういえば、宰相のメオールさんに『そろそろ陛下の伴侶になって頂かないと』って言われたんだけどさ、伴侶ってなんだろう? どうすればなれるの?」
「……さあな。それはしっかりと自分で勉強した方がいいんじゃないのか?」
しれっと答えた王に、意味が分からないと少年が頭を抱え込む。その様子を見ていた侍女達は堪えきれずに笑い声を漏らした。こちらを見てきた王に睨まれないようにと慌てて退出していく。
「侍女さんたちには情けないって思われていそう……」
「安心しろ、俺の可愛いコウに、そんなことを思う輩はこの城にいない」
無言になった少年の膝に、獣となった『彼』の頭が預けられる。
「……!」
顔を真っ赤にした少年がキュ、と獣の耳を優しく引っ張る。「どうした」と言いたげな目でこちらを見上げてきた獣は、少年の次の言葉を待ってひたすら尻尾をパタパタとさせている。その様子に、『彼』の言葉に気恥ずかしく思っていた少年も笑いをこぼした。
「……アウディオンも、可愛い」
「…………」
そっとたてがみを梳いてやると、憮然としていた獣が、やがて気持ち良さそうな表情へと変える。
そのままポカポカとした午後の日差しが彼らを午睡へと誘い、王の腹心が彼らをたたき起こすまで至福の時間は続いたのだった。
Fin.
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