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第二章 「癒しの時間」
翌日、凛はまた夜7時に公園に来て、巻いていたマフラーを軽く振りながら飛びついてくる黒猫と遊んでいた。家を出る時に五歳下の弟、一輝が「気をつけてね」と声をかけてくれた。彼女の祖父は認知症で、最近は凛や一輝にも怒りをぶつけるようになった。
そのため彼女は家にいる時は弟と一緒に本を読んだり、携帯用ラジオで音楽を聴くことが多い。いつも自分のことを気にかけてくれる優しさに、凛は何度も救われていた。
ベンチに座ってつややかな黒い毛をなでながら黄色い瞳をじっと見つめて心の中にある悩みを打ち明けていると、ゆっくりと気持ちがほぐれていくのを感じていた。用意した鳥のおもちゃにむかって跳ぶ姿を見ている時は声を出して思いっきり笑うことができた。
「こうしてると、ただ楽しいって思えるんだ。あなたと一緒にいる時は前向きになれる。人は恐ろしいよ。私はもう、弟以外の家族が信用できなくなったな。言い方にすごくとげがあるから」彼女の言葉に黒猫は「アア~オ」と鳴いて空を見上げた。
少し欠けた黄色い月の光が、今夜も一人と一匹を包み込んでいる。「きれいだね。まるであなたの瞳の色みたい。モーントって呼んでもいい?」凛があごの下をなでながらそう言うと、モーントはしっぽをまっすぐ立てて「なあ~」と鳴いた。曇りが全くない、美しい瞳。それを見た凛の心に、「私も、人の役に立ちたい」という思いが芽生えた。
一輝に内緒でお土産を買おうと考え、いつもより10分早く公園を出る。
向かうのはそこから歩いて20分ほどの場所にある、あんこやクリームなど15種類の味があるたい焼き屋さん。いつも若い男性がお客さんに元気よくあいさつをしながら売っているので、「おいしそうだな」と思っていたのだ。
坂をゆっくりと下りていくと、木を組み合わせて作った小さな屋台と、垂れ下がっている五つの豆電球の光が見えてきた。紫色のセーターを着た60代ぐらいの小柄な女性の後ろに並び、自分の番を待つ。五分後、ようやく列の一番前にくることができた。
「いらっしゃい!」という声を聞いてから、「チーズクリーム入りを一つ、抹茶入りを一つください」と注文し、200円を払う。しばらくして熱々のたい焼きが彼女に手渡された。「気を付けて持っていきなよ!」と笑顔で声をかけられながら屋台を出る。家に帰って弟に「たい焼き買ってきたよ」と言うと、「ありがとう」と大喜びした。
二人で食べると、心も体もほっこりした。
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