月明かりの夜、公園で

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月明かりの夜、公園で

第一章 「レモネードと猫」  冷たい風が肌を刺す12月の公園。時刻は夜の7時を過ぎている。ベージュのコートと黒い冬用のタイツを身に着けた少女が、古びてあちこち変色したオレンジ色のプラチックでできたベンチに座って自販機で買ったレモネードを飲んでいた。彼女の名前は斎藤凛。 東京の私立高校に通う16歳の女子高生である。つややかな黒髪を首の後ろで団子(だんご)型にしている。  彼女は夜になっても家に帰らずに、ここで本を読んだり、紺色のスクールバッグから取り出した大きなスケッチブックに鉛筆で絵を描いたりして過ごしている。それには理由がある。  成績もよく、学校では遅刻も欠席もない。しかし家では、母や祖父母から暴言を受け続けていた。そのため彼女の心はぼろぼろになり、人間を信用できなくなる寸前(すんぜん)まで追い詰められていた。  飲み終わったレモネードをベンチのとなりにあるゴミ箱に捨てて、空を見上げると、黄色い月の明かりが彼女の上に降り注いでいた。その美しさに思わず「わあ」と声が()れる。ふいに白い柵の中から「にゃあ~」という鳴き声が聞こえて振り返ると、黄色い双眸(そうぼう)を持つ(おす)の黒猫がこちらに近づいてきて、彼女の足に頭をこすりつけた。その温かさに、心の奥にしまっていた悲しみがあふれだしそうになった。  母や祖父母に言われた、とげのある言葉。彼らに言いたくても言えない思い。それらが涙となって、凛のほおをつたう。あっというまに、持っていた青いハンカチがぐしょぐしょになってしまった。赤くなった目も、強くこすったせいで痛い。  深呼吸して気持ちを落ち着かせると、ひざの上に座って毛づくろいをしている黒猫の頭をなでた。「月明かり、きれいだね」とつぶやくと、こちらをじっと見つめて「なあ~」と鳴いた。それを見て、思わず「かわいい」と声が出た。   そっとひざの上から降ろし、かすかにあたたかくなったベンチの上に置く。「もう行かないと。またあした来るから。じゃあね!」と声をかけて早足で歩きながら公園を出る。彼女の心は、自分のことを受け入れてくれる相手ができた喜びと、共に時間を過ごすことができる嬉しさでいっぱいだった。    
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