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〝マチ子、絶対に悪いことはしちゃいけないよ。誰も見ていなくても、空の上からお天道様が私たちを見てるんだからね〟
子供の頃、母にそう言われたことを思い出す。
あれは日差しが眩しい夏の日のことだった。私は母に手を引かれ、地元の商店街を歩いていた。
通りは活気だっていて、歩いていると顔見知りのおじさんたちが話しかけてきてくれる。楽しい買い物帰りだった。そんな中、母が私を窘めたのは、私が母の目を盗んで試食のコロッケを平らげてしまった時のことだった。
私は母の顔を見上げた。
〝じゃあさ、お天道様が沈んだ後なら何をしてもいいの?〟
なんともまあ、子供染みた屁理屈だ。
でも当時は本気でそう思っていた。その頃の私は〝悪いこと〟に対する罪悪感というものがなかった。私は性悪説の元に生まれた人間なのだろう。
……そして今も、私は心の中に住まう闇と戦っている。
「お客様」
そう声を掛けられて、私は振り向いた。
いつからそこに居たのだろうか、目の前には赤いエプロンを付けた女性が立っていた。
彼女は私と目が合うと笑顔を見せた。それはまさしくプロと言える、隙のない笑みだった。
だが、その瞳の奥にはほんの少しだけ警戒の色が見え隠れしている。
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