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〝マチ子のお母さん、捕まったんだって?〟
クラスメイトにそう言われた時のことは、今でもたまに夢に見る。
母は私が十四歳の頃、警察に捕まった。
度重なる万引きの末の逮捕だった。母は地元で小さなお弁当屋を切り盛りしていたが、時代の流れと共に売り上げが減少し、少し前に店を閉めていた。
その頃から母の様子は変わっていったと思う。
〝お金に困ってやったみたいだけどね、それだけじゃないらしいよ。お弁当屋さんの客、あそこのスーパーに根こそぎ取られて恨んでたみたいだから。あの店でばっかり盗んでたんだって〟
お弁当屋は私の通う中学の目の前にあったので、多くのクラスメイトは母と見知った仲だった。そのせいか、噂は瞬く間に広がった。
……いや、違う。
彼女。――〝間宮凛〟が積極的に言いふらしたせい、なのだ。
窓の外を見ると、もう辺りは暗くなっていた。
夜は好きだ。特にこの田舎の町は、日が暮れると闇に包まれ全てを覆い隠してくれる。
逆に、太陽の元では隠しておきたい事実を晒されてしまう……そんな気がして恐ろしいのだ。
私の醜い心。気弱な性格。みすぼらしい暮らしぶり。
母の罪。
……そして、私の罪も。
『明日の夜、ちょっと付き合ってよ』
不意にスマートフォンが震え、凛からのメッセージが表示された。
ため息を吐いた。注文していたコーヒーはもう冷めていたが、それに口をつける気にもならず、私はスマートフォンを睨み続けた。
学生時代、私はこの喫茶店にいる間だけが心安まる時間だった。
母のことでクラスメイトに白い目で見られ、登校拒否になるまでの期間、私は多くの時間をこの店で過ごした。こうして夜の町を眺めていると、その瞬間だけは嫌なことを忘れられる気がした。
しかし、それももう昔のことだ。
凛にメールアドレスを知られてしまった今、私に逃げ場所など存在しない。どこにいても、何をしていても彼女に捕まってしまうのだろう。
コーヒーを飲み干し会計を済ませると、私は店を出た。
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