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行け、というのは、つまり、犯れ、ということだ。
凛はどうしても、私に罪を負わせたいらしい。何故なのかは分からないが。
もう嫌だ。
もう嫌だ。
頭の中で声がする。
その言葉は体中をぐるぐると巡り、口から溢れてしまった。
「やめてよ!」
そう叫ぶと、凛は一瞬驚いたように口を噤んだ。
私もはっとして口を押さえる。瞬間、二人の間に沈黙が落ちた。
しかしここで止まるわけにはいかなかった。
「……ねえ……教えて」
声が震える。
それでも、自分を奮い立たせるように拳を握った。
「何の恨みがあってこんなことするの? 私、凛に何かした? バッグもブランドの服も、凛はお父さんに頼めばいくらでも買ってくれるでしょう。なのに、どうして」
そこまで言ったところで、凛は急に笑い出した。
夜の静寂を切り裂くように、辺りに甲高い声が響き渡る。ドラマで見る悪役のような、高らかな声だった。
「……あんたの母親さ、捕まる時何を盗んだか知ってる?」
唐突に質問をされる。私は静かに凛を見つめた。
当時、警察に話は聞いていた。
でも答えたくはなかった。
「みかんと、チョコと、惣菜の唐揚げだよ。計九百六十円。たったそれだけ。ねえ、惨めだと思わない?」
凛は笑いを堪えるように肩を揺らしている。
「たった千円ぽっちで人生お終いなんだから。おかしいったらないわ。ふふ。あんたの母親ね、スタッフルームで店長を前にしてさ、床に手を付けて泣いてたわよ。パパに頼んで防犯カメラを見せてもらったの。私はね、人が堕ちていく瞬間を見るのが好きなんだ。この町にはそういう人たちが山ほどいるのよ」
凛はバッグからタバコを取り出した。
火をつけ、煙を燻らせると視界は灰色に濁り出した。
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