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中本さんが、『藤原』とテプラで名入れをしてくださっているロッカーに荷物を入れてから、そこにすがって大きくはぁーっと吐息を漏らした。
「――なぁに? 朝から盛大なため息なんてついて」
と、たまたま更衣室に入っていらした中本さんに、その嘆息を聞かれてしまう。
「あ、おはようございます」
私はロッカーから慌てて背中を離すと、中本さんに挨拶をする。
「おはよう」
それに答えながら、中本さんが私をじっと見つめていらっしゃる。
「藤原さん、今朝は高橋くんと一緒だったみたいだけど……前に言ってた許婚って、まさか彼じゃないわよね?」
言葉と一緒に刺すような視線を向けられて、私は思わずたじろぐ。
「ま、まさかっ。高橋さんとはたまたまエントランスで出会ってご一緒させていただいただけなのですっ」
慌ててそう返すと、「ふーん」と言われた。
「ねぇ、藤原さん。高橋くんって今は臨職してるけど……実際はどこぞのお金持ちのご子息だって知ってた?」
私を探るような目でじっと見つめながら、中本さんは「ほら、貴女と高橋くん、市の職員課からの雇いじゃないでしょう? えっと……そう、施設管理公社だっけ? 二人ともそこからの臨時職員さんなの。だから私、情報をつかむの遅れちゃったのよね」とつぶやかれる。
何でも、市の雇いの臨職さんと違って、施設管理公社からの臨職は、本採さんと一緒に庁舎から出て現場での仕事を補佐することも許されているんだとか。詳しいことはよくわからなかったけれど、扱いも施設管理公社から市への派遣という形になっいるそうで。
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