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「健二とは、ちゃんと話をつけるご予定なんですよね?」
いつの間にか自宅の前は通り過ぎていて――ひとつ先の角を曲がった所で車を停車なさった修太郎さんが、前方を見据えたまま、静かな声音でそう聞いていらした。
修太郎さんが、眼鏡を外してダッシュボードにお置きになられたのを見て、何故か心がざわざわとして彼から目が離せなくなる。
発せられたお声は、静かで落ち着いていらしたけれど、どこかピリピリとした鋭さを孕んでいて。
私は彼の雰囲気に気圧されてひるんでしまい、修太郎さんの質問にすぐ応えられなかった。
「日織さん?」
そのことに焦れたように修太郎さんが私の名前をお呼びになって……。その声に責められているように感じた私は、修太郎さんのほうを見つめたまま固まってしまう。
と、カチャンという小さな金属音がした直後、結ばれていた右手をグイッと引き上げられて、助手席シートに押し付けられた。そのことに驚いて修太郎さんのほうを見たと同時に助手席側へ身体を乗り出してこられた彼にあごをとらえられて――。
「――んんっ」
何がなんだか分からないうちに、私は修太郎さんに唇をふさがれていた。
絡められる舌に訳もわからずひとしきり翻弄されてから、口の端からあふれて首筋を伝った唾液の感触にゾクリ、と身体を震わせる。
「……ふ、ぁっ」
鼻から抜けるような吐息が漏れてからやっと、修太郎さんに噛み付くようなキスされているのだと、頭が追いついた。
私に覆いかぶさるようにのし掛かる修太郎さんの体温に、私はこれが夢なんかではなく、現実なのだと思い知る。
それとともに、ここが家の近くの路地だと思い出して。
「――はぁっ、んっ、……しゅ、たろぉさんっ、ヤメ……っ!」
必死であごをとらえる右手から逃れて顔をそらしてから、彼の胸元へと封じられていない左手をつく。そうして修太郎さんの身体を押し戻そうと試みるけれど、全然びくともしなくて――。
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