16.佳穂さん

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佳穂(かほ)日織(ひおり)さんの隣を譲ってくれないか?」  ここを予約した際に、コース料理も一緒に頼んであったみたいで、オーダーは飲み物だけ尋ねられた。  それらも含めてまだ何も運ばれてきていない状態だったので、修太郎(しゅうたろう)さんは今のうちに、と思われたのかもしれない。 「えー? こんなに景色いいのに?」  言いながらも、佳穂(かほ)さんはすぐにニコリと笑うと、「じゃあ健二(けんじ)、修太郎が座ってた側にずれて。私、健二が座ってるところがいい」と仰る。  気持ちの切り替えが早いというか、機転がきくというか。強引さのなかにもどこか憎めないところが感じられて。 「相変わらずワガママな女だな」  言いながら、健二さんもそれほどお嫌ではないのか、スッと席をお立ちになられた。  結局私以外の皆さんが席を代わられて、私の左隣――窓側――に修太郎さん、その正面に佳穂さん、佳穂さんの左隣に健二さんで落ち着いた。 「言っとくけどワガママなのは私じゃなくて修太郎よ?」  席に着くなり佳穂さんが修太郎さんを見てそう仰る。  確かに今回のこの大移動は元を正せば修太郎さんの言葉に(たん)を発したわけで。  でも、それだって考えてみたら、私の溜め息が原因だった。 「ご、ごめんなさい……」  そう思い至って皆さんに頭を下げると、佳穂さんに笑われてしまった。 「ちょっとなんで日織(ひおり)ちゃんが謝るのっ?」  言いながら本当、可愛い……と付け加えられて、私はドギマギしてしまう。 「そもそも論で言うなら、僕からキミを奪い去った佳穂が悪い。日織さんは何も気にすることありませんよ?」  修太郎さんに優しく微笑まれたことが、一層ソワソワした気持ちに拍車をかけて。 「しゅ、修太郎さん……っ」 (佳穂さんの前でそんなに私を甘やかさないで頂きたいのですっ。私、貴方にふられた時を思うと、その優しさが却って辛くなってしまうのですっ)  私は心の中でそうつぶやいた。
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