ズレているふたり

2/9
前へ
/481ページ
次へ
「すみませんっ。前に教えていただいたのに……私、長くて覚えられないのですっ」  ふいっと視線を逸らしてそう言ったら、修太郎(しゅうたろう)さんが本を置いて立ち上がられてこちらにいらっしゃいました。 「会計年度任用職員のことですか? そんなの覚えなくても何ら問題ありません。それより――」  言いながら私の髪にそっと触れていらして……。 「日織(ひおり)さんの髪の毛がまだしっとりと濡れていることの方が問題だと思います」  そのまま手にした髪にそっと口付けてから「乾かして差し上げましょう」と、手を引いて私を洗面所に逆戻りさせます。  そのまま洗面台からドライヤーを出していらっしゃると、修太郎さんが鏡越しにニコッと微笑んでいらして。 「あ、あの……」  思わず恥ずかしくなってその視線から逃れるように視線をうつむけてから、つぶやいた声。続けたくて続けられなかったのは、「さっきの質問へのお答えをまだ頂いていないのですっ」という言葉。  自分の不甲斐なさにギュッと拳を握り締めたら、「男性ですよ」とすぐ背後から優しい声が降りてきます。 「え……?」  その声に思わず振り返って彼のお顔を見上げたら、修太郎さんの眼鏡越しの柔らかな瞳と目が合いました。  途端ドキンッと胸が高鳴って、私は慌てて前を向きます。
/481ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2870人が本棚に入れています
本棚に追加