どんなのがお好きですか?

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*** 「あ、あのっ。すごくすごく楽しみですっ!」  僕の悶々とした思いなんて知らぬげに、日織(ひおり)さんがにっこりと微笑んだ。 「それで……修太郎(しゅうたろう)さんは、チョコレートはどんなのがお好きですか?」  バレンタインデーにお会いするのだから、そこは外せないのかな?  日織さんが、いきなり僕の方に身を乗り出していらしたので、ドキッとしてしまった。  無意識なんだろう。  身を乗り出された際に、僕の(もも)にちょこんと乗せられた彼女の小さな手に、否が応でも意識が集中してしまう。  そこから気をそらそうと日織さんの顔に視線を転じれば、とても期待に満ちた目で僕の顔を覗き込んでいらして。  ゆらゆらと揺れる、少し色素の薄い瞳。二重瞼(ふたえまぶた)のくっきりした大きな切れ込みの中にそれが()まっていて、一心不乱に僕を見つめている。  そのあまりの美しさに、心臓がうるさいくらい激しく脈打った。  (つと)めて彼女から気をそらせるように目を閉じると、寸の間考えるフリをしてから、 「そうですね。お酒入りのものが好きです」  僕はそうお答えした。 「わかりましたっ。お酒の入ったチョコですねっ」  途端日織さんがスッと身を引いてくださって、僕は心の中でほぉっと小さく吐息を漏らした。  昼休み休憩もあと十分足らずで終わってしまうというこの時間(とき)に、彼女を押し倒す羽目にならなかった自分を、褒めてやりたい。
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