確かめてみますか?

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確かめてみますか?

 部屋に入るなりキスをしようとした僕に、日織(ひおり)さんは、「ダメですよ? 今日は先にこっちです!」と言って、眼前に小さな紙袋を押し付けてきた。  ちょっと前までは割と押され弱かった日織さんなのに、最近は結構上手に僕の暴走を止めるようになられた。  とはいえ、ここで再度「僕はキミの方が」と言えば押し切ることが出来るのは重々承知だ。けれど、今回僕は、日織さんの意思を尊重することにする。  日織さんがせっかく僕のために作ってくださったチョコを無下にするのは良くないと思ったからだ。  「とりあえずリビングに行きましょう」  玄関をくぐったと同時にグッと引き寄せた、腰への手はそのままに、日織さんを室内に連れ込む。  日織さんが歩くと、ふわりと甘い香りが漂って、それが彼女の手にした包みからのものだと分かっていても、僕はついつい彼女自身からその匂いがしているような錯覚に陥ってしまう。  チョコレートを日織さんの白い肌の上で溶かして舐めとったなら、どんなに甘露だろう、とか思ってしまう。  すぐそばでそんな(よこしま)な妄想を抱かれているなんて思いもしないんだろう。  ソファに腰掛けた日織さんは、脱いだベレー帽を傍らに置いて、ニコニコとしながら僕に再度小さな紙袋を差し出していらした。  エアコンのスイッチを押して暖房を入れた僕は、リモコンをテーブルに戻してそれを受け取る。  部屋はまだひんやりとしているけれど、日織さんがそばにおられるだけで、温度が二度ぐらい高くなる気がするから不思議だ。 「あのっ、開けてみてくださいっ」  漫画だったら、ワクワクとかソワソワとかいう文字が日織さんの顔の横に入っているだろうな。  そんなことを考えて、思わず笑みがこぼれてしまう。  本当に僕の奥さんは、無邪気で愛らしい。
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