Cut Out (カット・アウト)

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京浜東北線の終点、大宮駅西口のロータリーの真ん中に巨大な空白が出来たのは、つい3日前のことだった。タクシーや送迎の車が回る1階と、歩行者が行き交う2階デッキを貫いて、その何かは突然現れた。規律のない多角形の輪郭で、中身はムラのない完璧な白。私はデッキをひと回りして確かめるが、それはどの角度から見ても平面的で、影もないようだ。デッキのそこら中を白く汚しているハトやムクドリの糞も、その白い空間だけは避けているようだった。 「あれって、何なんでしょうか?」 ティッシュ配りのお兄さんに、私は恐る恐る尋ねてみた。 「え、ああ、さあ、何っすかね。俺にも分からないっす。」 青いキャップに手をやって、彼は。しどろもどろに言った。その不思議な空間が見えているのは、どうやら私だけではないようだ。 なのにどうして誰も騒がないのだろうか。 私はポケットティッシュを鞄に押入れて、もう一度白い空間を睨んでみる。しかし、私の視線は白に吸い込まれるようにして消えた。そこにはそれまで確かに何かがあったはずで、それを覆い隠すように空間が白塗りされている。 それは空白という以外の何物でもないように思える。そこに何かがあるというよりは、空間が丸ごと切り取られて無くなってしまったかのような、空集合φ。私たちは空白というものに対してどう反応して良いのか分からないのかも知れない。 「まあ、何か問題がある訳じゃないし、別に良いんじゃないっすかね?」 彼はそう言ってまたティッシュを配り始めた。空白の周りで、人々はいつも通りの忙しない日常を過ごす。空白に構っている時間などないのだ。 私も用事を思い出して駅のコンコースに入った。駅ナカの本屋に立ち寄るのが目的だった。夏休みの終わりの頃、ファッションビルの中は買い物をする若い女の子で溢れていて、私はさり気なく彼女たちの服装を盗み見る。勝手に他人のファッションチェックをするのは良くない趣味だと分かってはいるのだけれど、これはスタイリストの職業病みたいなものだと私は半ば諦めている。エスカレーターで上と下にすれ違う女の子たちは、私の視線など意にも介さずに、鏡に映る自分の姿を眺める。露骨に鏡に向かってポーズを取る子もいたし、恥ずかしそうにチラッと確認するだけの子もいる。いずれにしても、彼女たちは鏡の中に意識がいっていて、まるで無防備だった。 私は彼女たちの服装を無遠慮に評価しながら、最上階の5階まで登る。そのフロアにはアパレルショップは入っておらず、本屋と着物のお店と、そして小さなカフェがあるだけなので、他の階と比べて少し落ち着いた空気がある。
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