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ホワイトさんを夕暮れのロータリーに連れていくと、そこにはもうあの白い空間は消えていた。
そこにあるのは一本の青々とした樹木だった。
「あの...、すみません。この木って前からありました?」
デッキの上で路上ライブの準備をしていた若者たちに、私は尋ねた。彼らは一瞬怪訝そうな顔をして、それからライブ用の営業スマイルに変わる。
「ありましたよ。昨日までこの木のところにムクドリ対策の駆除音が流れてたんで、良く憶えてます。あれがあると、うるさくてライブにぬらないんすわ。ほら、ジジジっていう不快な音。あれじゃムクドリだけじゃなくて人間も寄り付かないっすよ。」
ああそうだ、確かにそんな嫌な音が聴こえていた気がする。私はその音が嫌で、写真に写った風景からその部分を切り抜いてみたことがあった。
そして私は気づいてしまった。ロータリーで立ち止まって、木を見上げるホワイトさんの影に、くるぶしと膝の間の隙間があることに。
多分彼を切り抜いたのも、私だ。
彼が何者なのか、私はずっと考えているが何も思い出せそうにない。彼に関する記憶ごと、私は切り抜いてしまったのだろう。でも、状況から推理すれば、ホワイトさんは私の恋人だというのが妥当な線だと思う。私は何らかの理由で、彼を嫌いになって、そして私の世界から切り取ってしまう。我ながら酷いことをするものだと思うけれど、私ならやりかねない。私はずっとそうやって生きてきたのだ。過去の面倒な関係を全て断ち切って、そうやって私を保ってきた。1つだけ不思議なのは、私が彼を切り抜いたが故に、私は彼の不在をはっきりと認識しているということだ。私の性格からして、別れた恋人の姿をいちいちセンチメンタルに思い出したりすることはない。それなのに、ホワイトさんはその空白の姿で私の世界に不在を明確に主張している。それは私が彼に執着している証拠のように私には思えてならなかった。私は今でもその思い出せない彼のことを愛しているのだろうか?
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