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「もう普通に戻ったみたいだね。もしかしたら、私もそのうち元に戻るかも知れないし、あまり気にしないで下さい。」
彼は呑気な声で言った。私は彼の背後で立ち尽くす。もし彼が私の前の恋人で、私が彼を切り抜いたのなら、私はもう彼とやり直すつもりはないということだ。元に戻るということはあり得ない。
「少し散歩でもしませんか?」
ホワイトさんが提案して、私たちは横に並んで歩いた。
「私、実家は仙台なんですけど、小さな頃少しだけ大宮に住んでたことがあるみたいなんです。」
神社の参道の石畳を歩きながら、私はホワイトさんに言った。私のせいで切り取られてしまった彼には、全て正直に話をした方が良いと思ったのだ。
「良く父親が神社に連れて来てくれて、それでここを通り抜けた先の公園で遊んだのを最近思い出しました。父と母が離婚してから、私は母のやり方に習って父の存在を記憶から切り抜いてしまうようにしてたんです。父と過ごしていた時の記憶は、幸せなものばっかりで、思い出すと辛くなるし、でも全て無かったことにするには忍びなくて、だから私は父の姿をだけを記憶から切り抜きました。」
ホワイトさんは黙って私の言葉を聞いている。夕日に照らされても、彼は相変わらず真っ白だった。彼が空白でいてくれるので、私は何でもそこに向かって言葉を吹き込むことが出来るような気がした。
「それから私はいつも誰かとの関係がダメになると、私はその人との関係を一切絶って、そして思い出さないようにしてきたんです。酷いですよね。でも私にはそうすることしか出来なくて。だから、ホワイトさんがもし私の恋人だったなら、ホワイトさんは元に戻ることはないと思います。」
私は一息に打ち明けてしまう。しかし、ホワイトさんは静かに相づちを打つだけだ。
私たちは大宮公園の池を見下ろすベンチに座った。日は暮れ始めて、だんだんと暗くなっていく。こうやって誰かと並んでだんだん日が落ちていくのを待つことが、何だか凄く懐かしいような気がした。
「私は構いません。もうただの空白なのですから。でも、カオリさんが何かを切り抜くのは、もしかしたらその人との記憶を消してしまう為ではなくて、本当は大切にとっておく為なのかも知れませんよ。」
「え?」
「私も、こうしてカオリと話すことが出来て良かった。」
私はその声に聞き憶えがあった。
「お父さん...?」
木々の陰が長く伸びて切って、私たちをすっぽりと包み込んだ瞬間、ホワイトさんのシルエットを私は見失う。そして遅れて街灯がポツリポツリと点り始めると、そこにはもう彼の空白は消えてしまっていた。
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