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私は独りアパートに戻ると、テーブルの上には雑誌の山と、一通の手紙が置かれていた。そして私は先週母と電話したことを思い出す。
『お父さんが亡くなったらしい。』母の電話はそれを私に告げる為のものだった。その時、母の口から父の名前が出てくることに、私は驚いた。私と母の中で、父は元より存在しない人だったのだから、今さら死んだと言われてもいまいち腑に落ちない。しかし母は密かに父と連絡を取っていたらしく、私に父からの最期の手紙を送ってくれた。
"カオリへ。私はこの手紙を書くことを最後まで迷ったのだけれど、結局書かずにはいられなかった。それも全て私のわがままの為です。申し訳ない。カオリがまだ小さい頃、私はガンに侵されていました。私はお母さんとカオリに弱っていく姿を見られたくなくて、家を出ました。今思えば、それは私の単なるわがままに過ぎなかったことが良く分かります。でも当時は、カオリに父親の記憶が出来る前に、私の存在を消してしまった方がカオリを傷つけずに済むと思ったのです。でも、私はカオリと過ごした時間を忘れることが出来ませんでした。カオリと日が暮れるまで公園で遊んだこと、そして最後にお母さんとカオリと食事に行った表参道のカフェ。私にはその一瞬一瞬が目に焼き付いて消えないのです。幼かったとはいえ、カオリにもしその時の記憶があったなら、私はカオリに対してとても酷いことをしたと後悔しています。
お母さんには時々連絡を取って、カオリの様子を伝えて貰っていました。カオリが大学に合格した時や就職が決まった時、私は本当に嬉しかった。そして同時に、私は私の存在をカオリの人生から消してしまうことで、私自身が私の人生からカオリを失ってしまったことに気付いたのです。カオリがいなくなった私の人生は、まるで意味のない背景みたいな人生でした。だから、カオリには何も失って欲しくない。カオリの人生にどんな空白も生まれさせないように、私はいつまでも願っています。愛しています。父より"
私は手紙に入った父の写真を取り出して、そして丁寧にハサミを入れていく。父の輪郭を確かめるようにして、少しづつ刃を動かす。私は父のシルエットを切り抜いてしまうと、それをノートに貼り付けた。私が切り抜くのは、私が大切にとっておきたい姿なのだ。私は父に教えられてようやく分かる。私はその夜ノートを抱いて寝た。父の輪郭に私は少しだけ触れることが出来たような気がする。
了
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