いない、いない。

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 本当はこんな部活すぐにやめてやると言いたかったが、それは僕の環境とプライドが許さなかった。サッカー推薦で入ったのに、それが一ヶ月で部活をやめるなんてわけに行くはずもないのである。そして、ここで彼らのような“正しい才能”を認めず“お遊びのような仲良しこよしサッカー”に固執する馬鹿どもに背を向けたら負けだとも思うのだ。何故、正義であるはずの僕が逃げなければいけないのか。逃げて、あるいは許しを乞うて這い蹲るのは向こうであるべきだというのに。  何から何まで冗談ではなかった。自分は何も、悪くなどないというのに。 ――今日こそ、クズどもにガツンと言ってやる!俺をレギュラーにして、全部俺の言うとおりに練習も試合もやれと!そうすれば俺がお前らみたいなカスどもだって勝たせてやるってな……!  決意を胸に、部室のドアノブに手をかける。なんだかいつもよりノブの回りが悪いような気がした。やや違和感を覚えつつも、少し力をこめてノブを捻り、ドアを開く。  最初に目に入るのはミーティングルームだ。僕より早く来て練習しなければならない凡人どもは、既にほとんどが揃っていることだろう。何かを言ってやろうと息を吸い込み――。 「城田君!」  突然、鈴が鳴るような声がした。え、と思うと同時に――誰かがどん、と胸に飛び込んでくる。長いさらさらとした綺麗な黒髪が視界に飛び込んできた。胸元に感じる、ふわふわとした独特の感覚。そして、鼻腔をくすぐるバラのような芳しいシャンプーの香り――。 「ご、ごめんなさい!ずっと待っていたものだから、嬉しくてつい……飛びついちゃったわ」 「え、え?……だ、誰?」  顔を上げた女子が、この学校の生徒であることはわかる。なんせ独特なデザインのセーラー服を着ているのだから。ただ、その顔にはまるで見覚えがない。長い睫毛に艶やかな唇、ほんのり染まった頬に、キラキラと輝く大きな瞳。はっきり言って、僕の好みのストライク要素を全部詰め込んだような美少女が、そこに立っていたのである。  しかも、くっきり腰はくびれているのに、巨乳。さっき胸にぶつかってきたのは、そのたわわに実ったものだったのだと悟り、思わず顔が赤くなった。 「やだ、誰なんて酷い。私よ、マネージャーの小柴真澄(こしばますみ)よ」 「へ!?へ!?」  僕はすっとんきょうな声を上げてしまう。小柴真澄――確かに、僕が知っているサッカー部のマネージャーの名前で間違いない。だが、彼女は、ガリガリで眼鏡でおさげの、いわゆる地味系ブスであったはずである。監督の狗で、かっこよくて誰より実力のある僕に目もくれない最低女。見た目もキモいが中身も可愛げのない、無愛想なマネージャーであったはずなのに。 「あ、そっか。……イメチェンしたのよ、私。少しは可愛く、かな?」  てへ、と舌を出して漫画のようなポーズを取る少女。 「実は私、ずっと城田君のことが好きだったんだけど……全然素直になれなくて。思い切ってイメチェンして、アタックしてみようと思って。ごめんなさいね、ずっとつれなくしてて。緊張して、うまくお話できなかっただけなのよ。許してくれる?」 「ゆ、ゆ、許す!許すよ、そりゃ!こんな可愛い女の子に好かれるとか、だ、大歓迎だし!」 「ほんと?嬉しい!」 「!」  なんだこれ、自分はギャルゲーの中にでも紛れ込んだのだろうか。ドギマギする僕に、喜んで抱きついてくる真澄。かぐわしい髪の香りと、柔らかな胸の感触に包まれて僕は一気に天にも昇る心地だった。一体、何がどうなっているのだろう。僕はクズどもに説教するつもりでサッカー部の部室にやってきたはずだったというのに。  というか、よくよく考えたらこのイチャイチャしているのも、全部他の部員達に見られているのでは――。
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