いない、いない。

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「こらこら小柴。城田を独り占めしないでくれ。城田が来るのを待っていたのは俺達全員そうなんだから」 「あ!ごめんなさーい監督」 「い?」  彼女は可愛くこつん、と自分の額を拳で軽く叩き、そのままするりと僕から離れた。彼女が開いたままだったドアを閉めるべく僕の後ろに回ったことで、改めて僕は異様な部室の光景を目にすることになる。  そこには、僕以外の部員が全て揃っていた。偉そうなキャプテンも、レギュラーの先輩達も、監督もコーチも全て。そして。 「城田……すまなかった!」  突然、監督が頭を下げて来たのである。僕はポカン、と口を開くことになった。 「実は、お前がこのサッカー部で一番の実力があることなど、俺達もみんなもわかっていたんだ!しかし、お前のあまりの才能に俺もみんな嫉妬してしまって……酷い冷遇をしてしまっていた。お前が言うことが全て正しいことなどみんなわかっていたのに、本当に申し訳ない!」 「か、監督……」 「俺達全員、お前の望むように使ってくれ!お前の言う通りにするのが、間違いなく全国への最短ルート……否、絶対確実の全国優勝への道なんだ!」 「で、でも……」  さすがに、いきなりそんなことを言われても――という気持ちはある。真澄のイメチェンにもびっくりしたが、監督も部員も団結して一斉に頭を下げてくる展開など、一体どうして想像ができるだろう。昨日と、180度言っていることが違うのだから尚更である。  確かにその言葉は、僕がずっと待ち望んできたものであるはずだった。それでも、戸惑うなというのは無理があるだろう。一体どういう心境の変化なのだと言いたい。というか、昨日から今日に至るまでの間に何か特別なことでもあったのだろうか――と。 「お前が許せない、と思うのも当然だ。それだけのことをしてしまった自覚はある」  そんな僕の心情を悟ってか、監督は。 「ただ、理解してほしい。俺達も全国区というプライドがある。入ったばかりの一年生が、自分たちよりもずっと凄いプレイヤーと知って嫉妬してしまうのはどうにもならないことだったとわかってほしいんだ。……実は校長に呼び出されてな。説教されて、ようやく俺も目が覚めたんだ。あんな才能のあるプレイヤーを冷遇して恥ずかしくないのか、とな。おかげで目が覚めた。俺達は、間違っていた!」  膝をつき、思い切り――土下座をしてきたのである。 「頼む、許してくれ……この通りだ!お前の力で、俺達みたいな下っ端を全国に導いてくれ!!何でもする、何でも言うことを聞く、お願いだ!」  すると、監督に続き、キャプテンや先輩達――同輩達までもが次々と膝をつき始めたではないか。あっという間に、圧巻の光景が目の前に広がった。  まるで僕を崇めるように、周囲に広がる――土下座の輪。 「許してくれ、城田!」 「なんなら今日からお前がキャプテンでもいい、全員お前の言う意見にだけ従う!」 「レギュラーを誰にするかもぜひお前に選んでほしいんだ、俺達三年生に気兼ねする必要なんかないから!」 「お前の意見が全て正しい、本当はわかってたんだ」 「ごめんな、城田」 「お願いだ城田!」 「お前の力があれば俺達は全国優勝できる、そうだろう?」 「頼む、俺達に全国で夢を見させて欲しい!!」 「パシリでもなんでも、俺達を自由に使ってくれ城田……!」 「城田ぁ!」 「城田様!」 「お願いします、城田君!!」 「本当に申し訳ないことをした、許してくれ!!」  次々聞こえる謝罪の声、懺悔の声。ぞくぞくと僕は、背筋に愉悦が這い上がるのを感じていた。  そうだ、これだ。ずっと待ち望んでいたのは、この光景であったのだ。  やっと正しい景色が戻ってきた、それだけのこと。――何を躊躇い、戸惑う必要があるのだろう? 「……その言葉に、嘘はないんだな?」  僕が告げると、再び腕にやわらかい感触が絡みついた。僕は恋人となった美しい少女――マネージャーの真澄の額にキスを一つ落とすと、自信満々に宣言するのである。 「よし、わかった!お前ら全員、僕が全国優勝に導いてやる!ありがたく思え!!」 「ありがとうございます!」 「ありがとう、ありがとう城田!」 「城田ぁ!!」  続く、続く、喝采の拍手と城田コール。僕は全身を包む歓喜と愉悦に身を任せ、ゆっくりと目蓋を閉じたのだった――。
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