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「え、マジで?そんな怪談あんの?」
私の耳が拾ったのは、ミーティングルームで雑談している一年部員達の声である。一人の少年がやや青ざめ、引きつった声を上げていた。
「そうそう、女子が話してるの聞いてさあ。なんでも、どんな建物のどんなドアも“繋がる”可能性があるんだってよ。一見するといつもどおりの普通の世界に見えるんだけど、実際は悪霊の巣窟なんだとさ。で、ドアを開けて入った奴が一番望む、理想通りの世界が広がってるらしい」
「え、じゃあすっごく楽しそうじゃん」
「だろ?でも二十四時間以内に気づいて、自分の意思で元の世界に戻ろうと願わないと……二度とその世界から出られなくなるらしいんだよ。で、二十四時間の制限時間がすぎると……幸せな世界の化けの皮が剥がれてさ。化物どもが本性を現して、生きたままそいつをバリバリと……」
「や、やめろって!俺スプラッタは駄目なんだってば!!」
全く、これだから男どもは。私は眼鏡を押し上げて、ぎろりと雑談中の彼らを睨んだ。
「ちょっと一年生諸君?そんなところでサボってないで、グラウンド整備の手伝いしてきなさいよ」
「あ、す、すみません小柴さん!」
「すみません!」
少年たちが、慌てたように外へと出て行く。私は手元の出欠名簿にチェックを入れた。
――ええっと、田中君は通院で休み、岡崎君は風邪でお休みか。……季節の変わり目だし、みんなの体調管理には私も気をつけておかないと。
とりあえず、自分も今のうちに、今日の練習メニューの再チェックでもしておくか。私はスタスタと監督のいる部屋に向かおうとして、ふと名簿の一部に目を落とす。
出欠チェックが、両方入っていない部員が一人いる。来ていないが、欠席連絡もない部員だ。
「……ああ、こいつ。ついにサボったの?」
私は呆れてため息をつく。城田恭兵。大した実力もないくせに司令塔を気取って皆にワガママな指示ばかり飛ばし、先輩や監督への敬意も払えない面倒くさい新入部員。一ヶ月で相当部をひっかきまわしてくれたが、最近は諦めモードに入ったのか多少大人しくなっていた。キャプテンは嵐の前触れではないかと困惑していたようだったけども。
厄介なのは、サッカー推薦であるせいで――簡単にサッカー部から除籍できないということ。正直、さっさといなくなって欲しい、あいつには困っている――そういう声が先輩からも同級生からも聞こえてくる、究極の問題児だったわけだが。
「ま、いいか。欠席ってことにしとけば」
どうせ遅刻してでも来るなんて度胸もないんだし、と私は彼の欄の欠席にチェックを入れることにした。そのまま名簿を片手に、予定通り監督の元へ向かうことにする。
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