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タッくんのウサ子ちゃん
「おかしいな……あっちにもいないし、こっちにもいない……どこいったんだ?」
夕方。末っ子のマミコと共に帰宅すると、タッくんが何やらぶつぶつと呟きながら、家の中を徘徊していた。
心ここにあらずと言った感じで、私達が帰ってきたことにも気付いていない様子だ。
「……どうしたの?」
「――あっ、ママ? マミコも……おかえり。ねぇ二人共、僕のウサ子ちゃんがどこにいったか、知らない?」
「はぁっ? ウサ子ちゃん? 知らないわよ、今の今まで出掛けてたんだから」
「あ……そりゃ、そうだよね……」
私の答えに、タッくんががっくりと項垂れる。まるでこの世の終わりでも迎えたみたいな、悲愴な表情を浮かべながら……。
甘いとは思いつつ、私も少し気の毒になったので――
「ほら、一緒に探してあげるから!」
と、タッくんの背中をバシッと叩きながら、着替えもせずに「ウサ子ちゃん」探索を手伝い始めた。
「ウサ子ちゃん」というのは、小さな兎のぬいぐるみだ。
タッくんにとっては「安心毛布」のような存在で、寝る時にいつも枕元へ置いていた――のが、現在進行形で続いてしまっている。
普通は幼児期に卒業する「安心毛布」を、タッくんは大きくなっても卒業できなかったのだ。
もちろん、私もそれを放置していたわけじゃない。タッくんが小学校二年生になった頃、どうにかウサ子ちゃんを卒業させようとしたことがあった。
具体的には、無理やりタッくんからウサ子ちゃんを引き剥がそうとしたんだけど……普段は穏やかな彼らしからぬ激しい抵抗にあい、それ以来「あれはそういうもの」と諦める境地に至っていた――。
「マミコもさがす~!」
「ありがとうマミコ~!」
私達の様子を見ていたマミコも、ウサ子ちゃん探索に名乗りを上げてくれた。
タッくんはと言えば、四歳児に自分の「安心毛布」を探してもらうことに、一片の恥ずかしさもないらしく、感激しながらマミコの頭をなでなでしている。
……まったく、これじゃどちらが幼児だか分かったもんじゃない。
――リビング、寝室、子供部屋。三人で家中を探したけれども、ウサ子ちゃんは一向に見つからなかった。
「ん~、お兄ちゃんやお姉ちゃんが、どこかへ持って行っちゃったのかな?」
「あの子達が触るとも思えないけど。タッくん、最後にウサ子ちゃんを見たのはいつ?」
「う~ん、朝はベッドの上にいたはずなんだけど……」
「じゃあ、お兄ちゃんとお姉ちゃんの仕業ではないわね。あの子達、タッくんが起きるよりも前に出掛けたから」
長男と長女は、タッくんが起きるよりも前に部活の練習へ向かっていて、まだ帰宅していない。つまり、二人がウサ子ちゃんに触る機会はなかったことになる。
――というか、あの二人がわざわざ、くたびれた兎のぬいぐるみにイタズラするとも思えない。
「一体どこへ行ったんだ!? ウサ子ちゃんや~い」
悲愴な表情を浮かべながら、ウサ子ちゃんへの呼びかけを続けるタッくん。
……私はと言えば、「ぬいぐるみが呼びかけて出てきてくれたら、世話ないわ」と、タッくんのそんな姿を白けた気分で眺めていた。
――と、その時。
「タッく~ん! うさこちゃんいたよ~!」
リビングの方から、そんなマミコの声が聞こえてきた。
マミコは早々に「ウサ子ちゃん探索」に飽きて、リビングでテレビを観ていたはずだけど……はて?
「ま、マジかぁ!! マミコ、でかした~!」
そんな疑問を浮かべる私をよそに、タッくんは歓喜の声を上げながらリビングへと駆け込んでいった。
まったく、やれやれだ……。
――結局、ウサ子ちゃんはリビングのソファの下の、その僅かな隙間に挟まるように隠れていた。テレビのリモコンを取り落したマミコが、それを拾おうと床に這いつくばった時に気付いたらしい。
どうやら、私やタッくんでは視線が高すぎて見付からなかった、ということのようだ。……そもそも、どうしてそんな所に挟まっていたのか? という疑問はあるけれども。
「ありがとうマミコ~!」
「よかったね、タッくん! これできょうもちゃんとねむれるね!」
見付かったウサ子ちゃんとマミコを抱きしめながら、タッくんが感激の涙を流していた。マミコはそんなタッくんの頭を「イイコイイコ」と言わんばかりナデナデしている。
……本当に、これじゃあどっちが幼児か分かったもんじゃないぞ、タッくん。
――まあ、こういう人だって分かった上で結婚した私も私なんだけど。幼馴染だと、色々楽だったのよね……。
(了)
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