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…ホームに取り残された俺は、ちょっとの間、呆然としていたと思う。
でも、もうそこにいても仕方がない。
駅の裏口を出ると、小さい公園があった。水のみ場の蛇口をひねって、少し飲んだ。
ポケットに、あの当時吸っていた煙草がある。駅の構内で見かけて、思わず買ってしまった。
もう、5年も吸っていなかったのに、ちょっと時間が戻ったみたいだった。
…ベンチに座り、一本出して火を点け、吸ってみたけど、もうおいしくなかった。
銜えたまま、登っていく煙を見ているうちに、随分時間が経ったようだった。
スマホが振動して我に返り、取り出して見ると、もうすぐ結婚する彼女からLINEが来ていた。
今日の帰り、もしかしたら寄るかも、と言ってあった。
『今日は来れる?』
やっと現実が戻ってきた。けど、
『ゴメン、盛り上がってるから遅くなるよ。今日は行けそうもないな』
『そう、じゃあまた、明日ね!』
何も知らない彼女に、そう返事を送り、また空を見上げた。
三日月が、さっきから随分動いている。
俺って、また振られたのかな、と思ったけど、そうじゃない。
あの時、確かに気持ちは通じ合った。
音乃さんだって俺の方を向いてくれた。
彼女の心に、良いか悪いか分からないけど、俺の存在を焼き付ける事ができたんだ。
…思い出が増えたんだと思う事にしよう。
結婚前の、甘い思い出…。
今日だけは、その思いに浸っていよう。
【end】
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