心の中のあなた①~音乃

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「久しぶり~。ちょっと、亮太がスーツ着てるよ。どうしたの?」 「そんな、動物園のサルみたいに言わないで下さいよ。仕事帰りなんすよ」。 …嘘だ。 帰って着替える余裕はあったけど、あえてスーツのまま来たかったのだ。 「すいません。飲み放題なんで、会費先にお願いします。会場はその先の一番奥ですから…」。 一気に忙しくなった。 金勘定と会場案内に追われていると、 「こんばんは、幹事お疲れ様。今日は何人くらい来るの?」。 落ち着いた声に顔を上げると、待っていた人が立っていた。 「あっ、音乃さん。お久しぶりです。今日は12人の予定なんだけど…。  会費先にいいですか?」 彼女がお金を出したとき、俺は結婚指輪を思わずチェックしていた。 「後でしっかり注ぐからね」。 そういって、彼女は廊下の奥へ消えた。 他のメンバーが入ってきて、その後姿をゆっくり見ているヒマもなかった。 ある音楽パフォーマンス集団を呼んで、地域を盛り上げようというイベント。 実行委員長だった吉野さんに呼ばれて、俺がメンバーに加わったのは、当日まで残り1ヶ月、という頃だった。 外から出演者を呼んでくる企画だったので、会場のセッティングから、チケットの販売まで実行委員会でやらなければならない。 核になるメンバーは、似たようなイベントをいくつか経験していて、仲間が仲間を呼んでくるという形式でできた会だった。 全部で30人以上はいたはずだけど、中には主婦や交代勤務の人もいて、全員集まったのは当日くらい。 3ヶ月前から会場近くに古い空き家を借りて、事務所代わりにしていた。 俺が加わった頃は、もう全体の構成はできていて、とにかくチケットを売らなければならない。 それほどメジャーな出演者ではないので、3000円のチケットはなかなか売れなかった。 とにかく実行委員が多ければ、それだけチケットがはけるわけで、訳が分からずにその場に呼ばれて、新しいメンバーだと紹介されてしまった。 最初から詳しい内容を聞いていたら、二の足を踏んだかもしれない。 でも、社会人になりたてで、友人と言えば同級生くらいだった俺は、その場にいた人たちに親しく話しかけてもらって、歓迎されたのが嬉しかった。 褒められたくて、友達や話しやすい同僚に数枚、チケットを買ってもらった覚えがある。 一応、その日に売れたチケットの清算と、様々な準備をするために毎晩事務所に集まるのだが、深夜になると差し入れや買い出しでお決まりの酒盛りが始まる。 いろんな年齢層の、いろんな職種の人たちの集まりで、話をするのが楽しかった。 職場の愚痴を話したり、恋愛話で盛り上がったり、売れないチケットをネタに替え歌を作って歌ったり。 一番年下で身軽だった俺は、決まって最後まで付き合って飲み、その場で雑魚寝し、朝方家に帰って出勤、という毎日…。 さすがに女性が泊まることは少なかったが、毎日顔を出すメンバーの一人が音乃さんだった。 彼女は俺より二つ上だったけど、こういうイベントは慣れているらしく、会計と全体的な進行を仕切る裏方的存在で、実年齢より大人びて見えた。 チケットが売れずに、顔を出さない人にさりげなく電話したり、半月前に席が半分しか埋まっていないというときには、上手に皆を盛り上げるよう、話し合いの機会を作ったりしてくれた。
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