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駅前を見下ろすと、まだ明るく光が集まっている。
並んでいるタクシーのバックブレーキが、つながった線のように見える。
数本の木にかけられているイルミネーションが、金色の川を作っている。
酒とみんなの熱気で火照っていた頬に、冬の夜風が気持ちいい。
プルトップを空けると、コツンと缶を合わせた。
「幹事、お疲れ様…」
二人だと思うとなんか気恥ずかしくなり、何となくうなずいて口へ運ぶ。
…あの頃も、いつもそうだった。
一人ひとりの頑張りに、きちんと気づいてくれるひと。
そしてさりげなく、ひと声かけてくれるひと。
フェンスに並んで寄りかかり、空に浮かんでいる三日月を見上げた。
月明かりの下、見下ろせばまだ人は歩いているけど、今、この場にいるのはふたりきり。
「スーツ、似合ってるよ」
安物だけど、一番自分に似合うだろうと思っているものだ。
緩めたネクタイもそのまま。
「さすがに、毎日着てるからね」
音乃さんはグレーのシックなワンピースに、白っぽいコート。
…あの頃はいつもみんなジーンズで、溜まり場の古ぼけた畳に平気で座っていた。
「何かさ、あの頃の亮太くんのお兄ちゃんとしゃべってるみたいよ。変な感じ」。
「だって、もうあれから、10年経ってるんですよ。大人になってなきゃ、困りますよ」。
「そうだよねぇ。あの頃、亮太くんはまだ、学生が学校抜け出してきたみたいだったもの」
「音乃さんだって…」。
いや、違う。彼女は26だったけど、もう大人だった。
仲間のお姉さん的存在で、団体が動いていくのを最後列で見守っていて、落ちがないか確認して歩いているような人だった。
きっと今も、家庭や職場でそうあり続けているのだろう。
気負いのない、凛とした話し方は変わっていなかった。
「もう10年かあ…、早いなあ」
そう言いながら、彼女はまた月に目を向ける。
「今度会うとき、亮太くんはきっとパパだね」。
照れくさくて、下を向きながら
「音乃さんは? 子どもは?」
「男の子が1人だけ。もう小学生よ」
「へえ、兄弟は?」
「ううん。どうしても仕事、辞めたくなくてさ。
これ以上子どもいると、自分のペースが守れなくなりそうだから、もう産まないと決めたの。兄弟が欲しいとさんざん言われたけどね」。
「そうなんだ。聞いて悪かったかな?」
「いいのよ、亮太くんは子ども好きでしょ?」
頷いて、恥ずかしくてわざと缶を振ってみたりする。
「まあ、まだ子どもみたいなとこ、あるからな」
「また、そうやって子ども扱いして! 俺ら二つしか違わないんだって!」
はははっと彼女は笑って、
「またそうやってムキになるところが、子どもなんだって」
笑いながら、駅の方に向き直ると、コンクリートの手すりの上に、両腕を預けて独り言のように言った。
「あの時と、逆の立場になったね…」
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