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どうしていいか分からずに、突っ立っている俺の腕からするりと抜けると、彼女はバッグを取りにベンチへ向かった。
そして、そばにかけてあった俺のコートを手渡す。
そんなところまで、昔のままだ。
受け取ったコートを羽織ると、仕方なく片手で空いた缶を二つ持ち、もう一方で彼女の手を握った。
彼女はそれに逆らわなかった。二人して手をつないだまま、雑居ビルを下りた。
さっき買った自動販売機横のボックスへ缶を入れ、駅の中まで、俺のコートの右ポケットに、つないだままの手を入れて歩いた。
…二人とも無言だった。
彼女の乗るホームへ着いたとき、「もう自分の帰る方へ行きなよ」と、彼女は手を離そうとしたけど、
俺は首を振って、ホームの端のベンチへ二人で座った。
数人が電車を待ってる。
ポケットの中の手は、握ったまま…。
そうして、何本か電車をやり過ごした。
…ついに、最終のアナウンスが流れた。俺は握った手にぎゅっと力を込めた。
このまま、電車に乗せなかったら、どうなるだろう。一緒にいてくれるだろうか。
そんな事を思っていると、電車がホームに入ってきた。
その時、隣に座っていた彼女が、俺の耳にそっと囁いた。
「甘い思い出を…、ありがとう…」
一瞬油断したその時、彼女の手はするりと抜けた。
さっとドアに駆け込んだ彼女と、一瞬遅れた俺の間で、電車のドアが閉まった。
今まで見たことのない、寂しげな表情をした彼女が、右手を握って開いてバイバイと合図した。
その時、電車が動き出した。
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