心の中のあなた①~音乃

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…ホームに取り残された俺は、ちょっとの間、呆然としていたと思う。 でも、もうそこにいても仕方がない。 駅の裏口を出ると、小さい公園があった。水のみ場の蛇口をひねって、少し飲んだ。 ポケットに、あの当時吸っていた煙草がある。駅の構内で見かけて、思わず買ってしまった。 もう、5年も吸っていなかったのに、ちょっと時間が戻ったみたいだった。 …ベンチに座り、一本出して火を点け、吸ってみたけど、もうおいしくなかった。 銜えたまま、登っていく煙を見ているうちに、随分時間が経ったようだった。 スマホが振動して我に返り、取り出して見ると、もうすぐ結婚する彼女からLINEが来ていた。 今日の帰り、もしかしたら寄るかも、と言ってあった。 『今日は来れる?』 やっと現実が戻ってきた。けど、 『ゴメン、盛り上がってるから遅くなるよ。今日は行けそうもないな』 『そう、じゃあまた、明日ね!』 何も知らない彼女に、そう返事を送り、また空を見上げた。 三日月が、さっきから随分動いている。 俺って、また振られたのかな、と思ったけど、そうじゃない。 あの時、確かに気持ちは通じ合った。 音乃さんだって俺の方を向いてくれた。 彼女の心に、良いか悪いか分からないけど、俺の存在を焼き付ける事ができたんだ。 …思い出が増えたんだと思う事にしよう。 結婚前の、甘い思い出…。 今日だけは、その思いに浸っていよう。 【end】
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