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はじまり ―― 冬のある午後のこと
山間の狭い道をかけくだるように通り抜けた時、見えてきた家並みからは、姿定まることのない、しかし豊かなる真白い湯気が立ちのぼっていた。
僕は思わず足をとめ、
「ほお」
吐き出す息とともに、そう声に出していた。
前を案内していた小さな黒い蓑姿が、見上げるように僕にふり向いた。
「あと少しで、元湯(もとゆ)に着きますんで」
深いかぶり物に隠された表情は相変わらず伺い知れなかった。
しかし声はあくまでもやさしい。
僕は、案内の声に引かれるよう、また歩を進める。
日はすでに西に傾きつつある、冬のある午後のことだった。
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