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いっとう奥の元湯にて
「やあ」
僕はそろりそろりと向きを変え、彼を真正面から見て言った。
「探したよ」
湯にちんまりと収まっていた彼は、鶸萌黄の目をこちらに向けた。
「おやまあ」
声が静かに耳の奥に届く。目はちゃんと見えるようになったようだ。
「どうして辿りつけたのやら」
面白がっているふうだった。
「私らには簡単な道すじなのですが……」
「案内がいたんだ」
「それにしても、ねえ」くつくつと笑っている。
「猫街にヒトが来たのは、初めてなのでは? しかも元湯にまで入れたとは」
「キミはなぜここに?」
「髭に風を感じてね、窓が開いていたのに気づきまして」
ぷるり、と首を振っていったん湯にもぐり、すぐにまた浮きあがる。
「元湯に行こう、とすぐ思い立ったのですよ」
「うむ」
「生き別れた母からも、寝物語によく聞かされておりましたしね。いつか必ず、と思っておりました」
猫の世界では、この湯けむりの街はかなり有名らしかった。
ところで、帰るつもりはあるのかい? そう尋ねようと思ったその時。
ちりちりちりちりちり
妙に軽いベルの音があたりに響き渡った。
続けて、館内放送なのだろうか、途切れ途切れに声が流れた。
「赤湯気が、発生致しました。元湯裏山にて噴火の恐れがあります。すみやかに湯からお上がりください。すみやかに、避難ください」
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