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探しているのは
「だんなさん」
次に気づいた時には、暗い杉林の中にひとり、ぽつんと立っていた。
だんなさん、ともう一度、暗がりの中から呼びかける声に、僕は我にかえる。
呼びかけていたのは、目の前の、ずんぐりとした小さな影だった。
身体の大きさからすれば、幼稚園児か小学生くらいなのだろうが、声は見かけによらずしわがれていて、どこか、風が通り抜けるような心もとなさがあった。
そして、なりも不思議だった。
大きな笠と蓑をかぶり、手には身の丈に合わせたようなやや小ぶりの行燈を下げている。足もとは草鞋のようだった。
東海道五十三次の浮世絵をすぐ思い出し、僕は何度か目を瞬かせた。
「だんなさん、こんな遅がけに、お探し物でこちらまで?」
見上げる顔は影になってまるで表情がうかがえない。ただ、なぜか目のあたりだけが黄緑色にぼんやりと光っているように見えた。
いいや、と答えてそのままきびすを返して逃げたかった。どうにも気味が悪い。
しかし
「だんなさん、探しているのは猫ですかい」
そう決めつけられて、僕はうっと返辞を呑んだ。
「だったら猫湯に来るしかねえ」
声にはわずかに笑いが含まれているかのようだ。
「急ぎましょう、早くしないと日が暮れる」
確かに、杉ばえの上に覗く空には茜色がさしつつあった。
「後について来てくださいよ」
それっきり、小さな影はととと、と杉林の道を駈け下っていった。
僕もあわてて、後を追う。
下りていく先の空が次第に、朱に染まっていった。
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