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すべてを脱ぎ棄てて
受付にも広い木の床に覆われた場にもひとけはない、何も誰何されることなく僕はどんどんと奥に進む。
やがて、湯屋の入口にたどり着いた。
なぜかそこには見上げんばかりの番台が設えられており、その上にこれもまた見上げんばかりの黒入道が控えていた。
黒入道は、案内の小男をそのまんま着膨れして大きくしたようなヤツだった。
頭巾のかぶり物の中から、薄緑の目の光が漏れる。
『いらっしゃい』
そう言われたような気がして、僕はそのまま前に進む。
男湯女湯の区別もなく、まん中の藍色ののれんにはただ
『湯』
と、白く染め残されていた。僕はそのまま中に入って行った。
脱衣所にも誰の姿もない。かごがいくつか、四角い仕切りとなった棚に乗っていた。
脱ぎ捨てたものがそれぞれのかごにつくねてある。どれもこれも、何だか黒っぽく毛羽立って見えた。
僕の目の前にも、一抱えほどある籐のかごがあった。他のかごより何となく大きく見える。
そんなに僕は大きいのだろうか、と訝しんだものの、とにかく僕は着ているものをどんどんと脱いでいった。
改めて気づいたのだが、猫を追って外に飛び出した格好のままだったので、まずは長い外套、ウールニットのベスト、ワイシャツ、ジーンズ、靴下、と次々と脱ぎすてて行く。
たどり着くまでに、すっかり身体は冷え切っていたようだ。真夜中から夕暮れを経て、また夜中を迎えていたという事実にも何だか心が縮こまっていたようだ。
とにかく早く熱い湯に入りたかった。
しかし、下着を取ってもなぜか、脱ぎ足りない気がして、僕は急かされるように手を動かしていた。
するり、と抵抗もなく自分の身体が脱げた。
あわてて脱げた身体を丸め、携帯電話と財布、下着と一緒に籐かごの一番底の方に押しこむ。恥ずかしい気もあったのだが、盗まれては大変、と思ったのだろう。
風呂に入る目の前の壁に、姿見があった。
そこに映る姿に、僕はああ、と納得する。
そこに見えたのは、透けすけのクラゲみたいな人型の塊と、頭と思われるあたりに薄緑色に光る――さっきまで気になっていたはずの――ふたつの目玉だけだった。
そうか、だから何かと軽いんだ、と僕はそれでも誰かにこんな姿は見られたくないな、と思い、あたりを伺いながら風呂場への扉を開けた。
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