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湯につかる
風呂場はずいぶんと幅があった。ゆうに八間(はっけん)はあるだろう。
そして奥はもっと深いようだった。
中にはやっぱり、あたりいちめん湯気が立ち込めていた。
湯気の間あいだに黒っぽい岩がごつごつとのぞいている。岩肌は壁面いっぱいを覆い、所どころ湯船の中にまで入り込んでいるようだ。洞窟に湯が溜まり、そのまま風呂場になったような見かけで、湯気のせいもあって、いっとう奥まではとうてい見渡せない。
目をさまよわせても、明かりというものは特に見当たらない。なのにぼやりと見渡せるのだ。
僕はおそるおそる湯に足を、いや、足と思っていた部分を浸してみた。
最初は意外なほどに感触がなく、湯はつるりと足を覆った。そのうち、じわり、と熱さがつま先から脛に上がってきた。
熱すぎる、という程ではなかったが、僕は用心深く、身体を湯船に沈めていった。湯はかなり深く、立ったままでも十分、肩まで湯のぬくもりに包まれた。
しかしながら腹も胸もそうだ、湯に浸かったばかりには何も感触がない。それこそ、湯気だけが身体を撫でていったような、頼りない温かさだけしか感じない。
それでもひと息ついてみると、じわじわと湯の熱さが僕の表面を通し、中に沁み入っていくような感覚だった。
それにしてもおかしいぞ、身体もないのにどうして? と僕は小声でつぶやいた。
声が出ているのかも、定かではなかった。岩だらけの風呂場で、したたる水滴や流れる湯の音は確かに反響しているのに、声だけは僕の外に出ず、耳の中にもぐってしまっているようだった。
ふと、少し離れた岩かげに、ぼおと光るものを見かけた。
犬かきの要領でそこまで泳ぐように湯を渡っていく。
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