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 それは、新年度が始まったばかりの風の強い薄曇りの午後の出来事だった。まさか、あんな事が起きるなんて思ってもみなかった。  ここは、中高校一貫の私立の女子校である。ズラッと少女達が並ぶ光景は、まさしく女の園と呼ぶのに相応しい。  家政科と普通科に分かれているのだが、普通科の中でも一組は特別進学クラスと呼ばれており、偏差値が高くて個々の理解力も高いので教える側も楽だった。  ここでの授業は、昔のように板書は行なわないので床や教師の服が汚れることもない。  プリントやタブレツト、そして、パワーポイントなどを使うのだ。  二十四歳になったばかりの国語教師の瞳は、厚手のパステルピンクのワンピースの上にカーディガンを羽織っていた。今にも折れそうな華奢な体付きをしており、目鼻立ちも楚々としていて見るからに儚げだ。そんな瞳が、漢字のテストのプリントを配ろうとしてると、いきなり、窓際にいた生徒が立ち上がり窓の外を指差したのだ。 「あ、あれ、見て下さい。寮の屋上に誰かいます!」  一番後ろの窓際の席にいたポニーテールの生徒が幽霊でも見たような顔つきで怯えている。  瞳は窓から身を乗り出して視線を移すと、確かに、屋上の柵の外側の縁のところに一人の女生徒が佇んでいた。  なぜ、あんな所に……。四階建ての寮の外壁には蔦が絡まっている。ここからでは、誰がいるのかが分からない。 不穏な空気が漂い、ヒヤッとなる。恐怖を煽るように鼓動が容赦なく加速していく。 (やだ……。どういうこと?)  この時間帯に、あの場にいられるのは授業を休んでいる寮生だけである。  屋上の周囲は、所々錆びが浮かぶ古い鉄柵によって囲まれている。わざわざ、柵の外へと出たということは、飛び降りるつもりなのだ。 「やだ、あの子、自殺するつもりだわ」 「警察に連絡しなきゃ。やだ、先生、どうしよう……」  あそこにいる彼女が少しでも重心を前に傾けると転落する事は目に見えている。何とかしなければならないと、 瞳も頭では理解している。しかし、何も言えなかった。  瞳は、刻々と凶事が迫っているのを感じ取っていた。  屋上にいる生徒が胸元で十字を切っている。覚悟を決めたかのよううに見える。 (まさか、そんな……。やめて!)  瞳の喉が絡まり息が詰まっていた。不安な気持ちが破裂しそうにりながら考える。何とかしなければいけない。それなのに足がすくんで動けない。 「お願い、飛び降りないでーーー」  生徒の一人が窓を開けた叫んだ。グオーッと梢がざわめくような春の強い風が吹いている。  ヒラヒラヒラッと僅かに残っている桜の花びらが哀しげに舞い上がったかと思うと、まるで、それを合図にするかのように屋上にいる彼女は前に踏み出した。
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