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「で?それから、どうなってるの?」
みっちゃんが、きいてきた。
あたしは、うつむきかげんで、紅茶のカップをスプーンで混ぜていた。
みっちゃんと、あたしは、図書館の中にある喫茶店にいた。
あたしたち、真面目に勉強してたんだけど、ふと、あたしが、佳人が出ていったって話をすると、みっちゃんの好奇心に火がついちゃって。
今、ちょっとブレイク中。
「ねぇ、マイアってば、どうなのよ?」
「うん」
あたしは、頷く。
「何も、ないよ」
「ええっ?だって、弟君、家出中なんでしょ?その後、どうなのよ」
「あの子は、大丈夫だよ」
あたしは、言った。
「アメリカに戻ってるって、パパから連絡があったから」
あの後。
あたしがマコトさんとお付き合いするってきいた佳人は、家を出ていった。
あたしは、そんなに心配は、してなかった。
きっと、山ほどいるらしい女友だちの誰かのところに転がり込んでいるんだろうって思ってた。
少し、あたしは、腹をたてていたんだ。
あたしが与えられないものを、佳人に与えてくれる彼女らに嫉妬してたのかも。
だから。
あたしは、佳人に連絡をしなかった。
メールすらしなかった。
そしたら、パパから連絡がきた。
佳人は、女友だちのところには、行っていなかった。
佳人は、アメリカのお祖父ちゃんのところに帰ってたらしい。
「グランパが、佳人は、どうしちゃったんだって、心配してるんだよ。マイア、日本で、佳人、何か、あったの?」
パパからきかれて、あたしは、言った。
「何もなかったよ、パパ」
「なら、いいんだけど」
パパは、言った。
「グランパが、佳人が部屋にひきこもってるって言うんだ」
「佳人がひきこもり?」
あたしは、少し、驚いた。
あの、佳人が?
ひきこもり?
「ああ」
パパが、心配そうに言う。
「朝から晩まで部屋にこもって、バソコンを見てるって」
「バソコン?」
あたしは、訳がわからなかった。
バソコン?
佳人が?
あたしは、何だか嫌な予感がした。
普通の子がひきこもってバソコンばかりっていったら、きっと、ゲームかなんかだと思うから、何も不安は、ない。
だけど。
佳人は、ちょっと普通じゃない。
あの子は、少し変わってる。
佳人は、何をしてるの?
まあ。
たぶん、たいしたことはしてない筈。
そんなに心配しなくても、大丈夫。
そう、あたしは、思ってた。
でも、実際は、違ってたんだ。
夏休み。
世間が、山だ、海だと盛り上がってるなか、あたしは、一人、孤独の中にいた。
佳人は、出ていっちゃうし、パパとママは、仕事が忙しいし。
頼みの綱のみっちゃんは、長野のお祖母ちゃん家に帰省しちゃったし。
あたしは、一人ぼっち。
世界に忘れられてた。
そんな時、あたしが一人だって知って、マコトさんは、機会があればデートに誘ってくれたんだ。
あたしも、一応、受験生だから、勉強しなくちゃ、だし、マコトさんもお仕事が忙しいから、本当にそんなしょっちゅう会ってるわけじゃないんだけど、 あたしたちは、普通にデートしたりしてた。
一緒に映画に行ったり、猫カフェに行ったり。
何ともないことばかりだったけど、あたしにとっては、本当に、救いだった。
あ、ドライブにも、行ったんだ。
運転手とかじゃなくて、マコトさんの運転で、海まで。
綺麗な夕陽を二人で見た。
その時。
あたしたち、はじめて、キスした。
マコトさんは、優しくて、紳士的で。
そんなマコトさんのキスは、どこまでも、スウィートだった。
あいつとは、違って。
佳人は。
佳人のキスは、何もかも奪いつくそうとするような、激しいキスだった。
あたし。
何だかわからないけれど、マコトさんにキスされた時、涙が出たんだ。
「どうしたの?」
マコトさんにきかれて、あたしは、答えた。
「すごく」
佳人の、他の男のことなんて、考えてもいないというように。
「夕陽が綺麗だったから」
その日、あたしは、マコトさんに旅行に行こうって誘われた。
あたしが一人でいるのが心配だから、一緒に温泉にでも行こうって。
二人きりで、旅行。
あたしは、行くことにした。
それが、どういう事か。
あたしにだって、よくわかってる。
あたしは、マコトさんと旅行に行く。
そして、その日、あたしたちは、寝るんだろうって。
でも、あたしは、特に、何も感じなかった。
何も、思わなかった。
だって。
佳人とは、違うから。
佳人じゃないなら、誰でも同じでしょ?
家に帰ってから、あたしは、佳人に電話をかけた。
佳人が、家を出ていってから、はじめて。
コールが何度か、鳴った。
佳人は、もう、あたしからの電話には、でない。
そう、あたしは、思ってた。
「何?」
久しぶりにきく佳人の声だった。
いかにも迷惑そうな、ぶっきらぼうな声。
その声をきくだけで、あたしは、胸がいっぱいになった。
「元気?」
あたしは、それしか言えなかった。
あたしは。
あたしは、佳人に何を言うつもりだったんだろう?
「元気だよ」
「そうなんだ。なら、いいの」
あたしは、言った。
「最近、ずっと、閉じこもってるってきいたから」
「心配なんか、いらない」
佳人は、言った。
「そっちこそ、何かあった?」
「あたしは」
あたしは、しばらく、言葉が出なかった。
さびしい?
悲しい?
佳人がいなくて。
あたしは。
「全て、順調。今度、マコトさんに旅行に行こうって誘われてるの」
「へぇ、どこに?」
佳人は、言った。
もっと。
怒ったりするかと思ったのに。
佳人は、笑って言った。
「どこに?」
「えっと、温泉?」
「温泉、か」
佳人は、言った。
「無事に行けたらいいな。最近、イロハさん、いろいろ忙しいみたいだから」
佳人は、そのまま、電話を切った。
あたしは、呟いた。
「それに、あたしたち、キスしたんだよ」
ばか。
本当に、ばかなんだから。
あたしも、佳人も。
本当に。
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