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あたしは、温泉で溺れて救助された。 91歳のおばあちゃんと87歳のおばあちゃんに。 危なかった。 あたし、もう少しで、違う天国に行っちゃうところだった。 しばらくして、意識を取り戻したあたしに、おばあちゃんたちは、言った。 「命は、大切にせんとあかんよ」 はい。 その通りです。 あたしは、おばあちゃんたちに、お礼を言って、部屋に向かった。 けど。 30分後。 あたしは、おばあちゃんたちと卓球してた。 「とりゃ」 91歳の節子ばあちゃんが、鋭いスマッシュをあたしに打ち込んだのを、あたしは、なんなく返す。 すると、今度は、87歳の愛子ばあちゃんがすきをついて角を狙ってくる。 抜かれた。 7対11で、おばあちゃんズの勝ちだった。 あたしは、がっくりとして言った。 「ま、負けた」 「まあまあ」 おばあちゃんズは、あたしを慰めるように言った。 「生きていれば、また、いいことあるよ」 あたしとおばあちゃんズがお別れして、あたしが、部屋に向かおうとしたとき、背後から、低い声が聞こえた。 「何やってるんだよ、あんたは」 あたしは、恐る恐る、振り向いた。 怒りに燃える佳人が立っていた。 「もう、何時間たったと思ってるんだよ。本当に、風呂に浮いてるんじゃないかと思って来てみれば、何?婆ぁと卓球って」 「えっと」 少し、というか、佳人の言うことは、おおむね、当たっていた。 あたしは、風呂に浮いてて、あのおばあちゃんたちに助けられて、その後、おばあちゃんたちと卓球をしてたんだから。 佳人は、あたしが、説明する前に、溜息をついて、あたしの手をとって、引っ張った。 「もう、いい。とにかく、来い、」 「え、ちょっと、ま」 「俺は」 佳人が言った。 「もう、誰にも、文句は、言わせない。お前にも、だ」 あたしたちが部屋に戻った時には、もう、レイさんは、いなかった。 かわりに、和室のテーブルに、すごいごちそうが並べられていた。 「すごい。こんなごちそう、見たことない」 「何、バカなこと言ってるんだ。早く、メシを食え」 佳人が座り込んで食事をはじめたから、あたしも、その正面に座ってご飯を食べた。 すごい。 お肉に、お魚。 山の幸、海の幸。 どれも、これも、美味しくて。 あたしは、一瞬、いろんなことを忘れてた。 食事が終わって、ホテルの人がテーブルを片付けはじめた時。 はっ、と、気付いた。 奥の部屋に、並んでしかれてる布団に。 これは。 あたしは、ちらっと、佳人を見た。 あたしの視線に気付いた佳人は、にやっと、笑った。 ええっ? これは。 あたし、こんな場面、知ってる! テレビで、見たことある。 町娘が悪者に、テゴメにされる場面だ。 佳人は、悪代官!? そうこうしてる間に、ホテルの方は、去っていき、あたしと、佳人は、二人きりになった。 沈黙が、痛い。 「あの」 あたしが言いかけると、佳人が、ドサッと布団に倒れこんだ。 そのまま、動かない。 えっ? もしかして。 あたしは、心配して、布団へ、そっと、近付いていって、恐る恐る、佳人をのぞきこんだ。 寝てる。 佳人は、すごい勢いで眠ってた。 「何、それ」 あたしは、拍子抜けしちゃった。 それで、隣の布団に横になった。 佳人の寝息が聞こえる。 あたしは、吹き出した。 バカみたい。 あたしは。 一人で、ああだこうだと考えて。 本当に。 でも。 あたしは、手を伸ばして、そっと佳人の手を握った。 佳人も、あたしの手を握り返した。 これぐらい、いいよね。 あたしたちは。 姉弟なんだから。 あたしたちは、手をつないで、その夜、一緒に眠った。
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