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あたしのパパとママは、天文学者だ。
パパは、5年前から、国立天文台ハワイ観測所に勤めてるんだけど、今年から、ママも一緒に働くことになったんだ。
パパが、ハワイに行っちゃって、佳人も、アメリカに留学してたから、あたしとママは、日本で、二人暮らしだったんだ。
でも、あたしは、本当は、ママもハワイに行きたがってたってこと、知ってた。
だから、あたし、ママの背中を押してあげることにした。
あたしは、一人でも大丈夫だから、ママも、好きな研究に打ち込んでって。
そりゃ、あたしも、一人は、寂しい。
だけど、ママにも、ママの人生があるんだから、それを、あたしのために、諦めてほしくない。
本当は、あたし一人で、日本の家を守るつもりだったんだよ。
でも。
佳人が、あたしを一人にするわけには、いかないって言ったんだって。
あたしのために、全てを投げ出して、日本に帰るって言ったんだって。
それで、あたしと佳人は、姉弟水入らずで暮らすことになったわけ。
あたし、佳人があたしのために、帰ってくるってきいて、本当に、嬉しかったんだ。
昔みたいに、仲よし姉弟に戻れるって思った。
まさか、あの、可愛かった佳人が、あんな危険な生き物になってるなんて、思いもしなかった。
だって、本当に、昔の佳人は、ヒヨコか、子猫みたいに可愛かったんだもん。
それが。
今じゃ、ヒヨコや、子猫を食い散らす黒豹みたいな男になってしまった。
あたしのショックな気持ち、わかる?
バルーンアートから、ジャックナイフへ。
そんな感じだよ。
本当に。
この5年の間に、佳人に、何があったの?
佳人は、天才なんだ。
IQ180もある、すごい子なんだよ。
それが、どんなにすごいのか、あたしには、いまいち、よくわからないんだけど、とにかく、すごいらしいんだ。
だから、パパは、佳人をアメリカに留学させようとしたんだけど、あたしは、正直、反対だった。
だって、弱虫で泣き虫の佳人を一人でアメリカに留学させるなんてこと、あたしは、嫌だったから。
だけど、あたしのお祖父ちゃんたちが、佳人を預かるって言ってくれたから、あたしは、嫌々だったけど、佳人を送り出すことに賛成したんだ。
でも。
でもね。
今となってはもう、遅すぎるけど、やっぱり、反対しておけばよかった。
だって、だって、だよ。
あの可愛かったあたしの佳人が、こんな、悪魔の手下みたいな男になってしまったんだもの。
恐るべし、アメリカ、だよ。
初日の夜に、お風呂から上がってバスタオル一枚を腰に巻いただけの姿でキッチンで牛乳をパックでらっぱ飲みしてる佳人を発見してしまったあたしは、悲鳴を上げて、自分の部屋に逃げ込んだ。
あんな。
あんな格好で乙女の前をうろつくなんて、絶対、即、アウト、だって。
あたしは、佳人に言った。
「ルールを作ります」
「はい?」
佳人は、あたしにうるさく言われて、やっと、Tシャツにバシャマのズボンをはいてくれた。
本人いわく、本当は、寝るときは、何も着ないんだってさ。
何の健康法だっつうの。
これまで生きてきて一番の衝撃だよ、これは。
弟が、裸族になってしまったなんて。
あたしは、言った。
「ルールその1、家の中では、きちんと服を着ましょう」
「なんだよ。それ」
佳人がせせら笑いを浮かべる。
「外では、着なくていいのかよ」
「とにかく」
あたしは、咳払いした。
「家の外だろうが、中だろうが、文明人は、服を着るものなんです」
「あ、そっ」
佳人は、面白くもなさそうに言った。
「他には?」
「ルールその2、部屋に入るときは、必ず、扉をノックすること」
あたしは、佳人に言った。
「あんたは、ともかく、あたしは、レディなんだから、気をつけてください」
「へー。他は?」
「ルールその3は」
あたしは、言った。
「お互いのプライバシーには、踏み込まないこと」
「それだけ?」
佳人は、あくびをしながら、きいた。
あたしは、佳人を出来るだけ恐い顔で睨み付けた。
「そうよ。たった3つのルールなんだから、守れるわよね」
「ああ」
気のない返事をする佳人に、あたしの怒りは、マックスに達した。
あたしは、言った。
「絶対、絶対、約束よ!」
「わかったよ、オネエチャン」
あたしは、佳人に背を向けて、自分の部屋に戻って、ドアを力一杯閉めた。
何よ!
何が、わかったよ、オネエチャン、よ。
全く、かわいくないんだから!
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