30人が本棚に入れています
本棚に追加
7
家に帰ると、玄関で佳人が待っていた。
「何?」
あたしは、佳人をしっかりと見上げてきいた。
佳人は、怖い顔をして、一言。
「遅い」
「遅いって」
あたしは、笑って言った。
「ちょっと猫カフェによってただけじゃない」
「一人でうろちょろするな。また、変な連中に絡まれるぞ」
佳人は、言った。
「もしかして、お前、友だち、いないの?」
あたしは、ムッとして言った。
「いるわよ、友だちぐらい」
あたしは、みっちゃんのこと、思い浮かべてたつもりだったけど、すぐに、あたしの頭の中に、マコトさんの顔が浮かんできた。
やだ。
あたしは、少し、頬が赤らむのを感じた。
佳人が言った。
「何だよ。赤くなったりして」
「何でもないわよ」
あたしは、佳人の横をすり抜けて、自分の部屋へと戻った。
ベットに腰かけて、溜息をつく。
さっきのマコトさんのセリフが頭の中で、リフレインしてる。
結婚を前提として。
ええっ?
本気なのかな。
あたしは、まだ、17歳なのに。
マコトさんより、10歳も年下なのに。
でも、マコトさんは、嘘や冗談で、こんなことを言うタイプの人じゃない。
じゃあ、本気で、あたしと結婚を前提のお付き合いをしたいと、望んでいるの?
あたしは。
どうしたらいいのかな。
あたしは、そのまま、ベットの上に体を投げ出した。
しばらくして気がつくと、もう、辺りは、真っ暗闇だった。
月もない、夜。
暗闇。
やだ。
あたし、制服のまま、寝ちゃってた。
起きなきゃ。
そう思った時、ドアが音もなく開いて、明かりがさした。
誰か、入ってきたの?
佳人、だ。
あたしは、何故か、目を閉じたまま、眠ってるふりをしてた。
佳人が近づいてくる。
あいつは、溜息をついて、呟いた。
「いい気なもんだな」
次の瞬間。
佳人は、あたしの足下にあったタオルケットをあたしの体にかけた。
そして、眠ってるあたしの横のベットの上に腰かけて、あたしのことをのぞきこんだ。
な、何?
佳人の呼吸の音が聞こえた。
息がかかる。
あたしの心臓がびくんと跳ねた。
あたしは、このドキドキが佳人に知られちゃうんじゃないかって思った。
佳人が静かにあたしのことを見つめてるのがわかった。
ああ、もう。
静まれ、あたしの心臓!
佳人が、あたしを見つめていたのは、ほんの少しの間だったのかもしれないけど、あたしは、永遠のように感じた。
佳人は、あたしの体のすぐ側に肘をついて、あたしのことをのぞきこんでいる。
ペパーミントの香り。
佳人がよく食べてるタブレットの匂いだ。
佳人の静かな息づかいがあたしの耳もとをくすぐる。
あたしの感覚は、すごく鋭敏になってて、今なら、何メートルも向こうで針が落ちる音も聞こえそう。
佳人の匂い。
パパとは、違う、男の人の匂いだ。
佳人の心臓の音。
リズミカルに脈打つ音。
そして。
佳人の体温。
暖かくて、何だか、包み込まれるみたいな、熱が伝わってくる。
このまま。
あたしは、思ってしまう。
時間が止まればいいのに。
あたしは、永遠に眠り続け、佳人は、そのあたしを永遠に守り続ければいい。
茨の檻の中で。
あたしたちは、永遠に、一緒、だ。
だけど。
佳人は、しばらくしたら、あたしから体を離して去っていった。
近づいてきた時と同じ様に、物音すらたてずに、黙って去っていく。
部屋の扉が閉じられる。
真っ暗闇。
あたしは。
何故だか知らないけど、涙が流れた。
何故?
翌朝。
あたしは、いつもと同じ様に早起きをして、二人分のお弁当を作る。
佳人も、まったく、いつもと変わらず、素っ気ない。
あたしも、いつもと同じ。
何も変わることのない、いつも通りの朝だった。
ただ。
すれ違うとき、佳人のペパーミントの香りに、あたしは、反応した。
「ミントのタブレット?」
「ああ、これ?」
佳人は、あたしの手を取ると、その手のひらの上に、ポケットから出したペパーミントのタブレットを2、3個のせた。
あたしは、ペパーミントのタブレットは、苦手だったけど、口の中に放り込んだ。
ミントの刺激が舌を射して、広がっていく。
「同じ」
あたしは、言った。
「あたしたち、同じだね」
「ああ」
佳人が言った。
「どこまでも、一緒、だ。俺たちは」
最初のコメントを投稿しよう!