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マコトさん。
本名、伊呂波 誠。
親の代から続くイロハフォールディングスの現取締役社長。
イロハフォールディングスは、様々な外食産業と、ホテル経営を主な生業としている企業体だった。
「といっても、私は、親から継いだだけだが」
そう、マコトさんは、言ったけれど、今どき、親の七光だけじゃ、偉い人には、なれないんじゃないかな、とあたしは、思う。
あたしたちは、しばらく、お互いのことを話し合った。
その中で、彼の仕事の話も少しだけ、きいた。
あたしは。
家族の話をした。
パパとママの話。
あたしが英語があまり話せないこと。
みっちゃんと、学校の話。
そして。
血のつながらない弟の話。
マコトさんは、全部、黙って聞いてくれた。
でも、あたしは、あたしと佳人のことを黙ってた。
あたしと佳人の本当の関係を。
言えないよ。
誰にも。
誰にも、言えない。
マコトさんは、運転手付きのベンツで、あたしを家まで送ってくれた。
あたしは、マンションの下で、車を降りて、マコトさんに手を振った。
だけど。
あたしには、わかった。
佳人が、あたしたちを見てたこと。
家に帰ると、佳人は、リビングでソファに座って何だかわからない外国語の雑誌を読んでた。
「ただいま」
あたしは、そう言って、キッチンへ行き、冷蔵庫から麦茶を出してコップにそそいだ。
佳人は、何も言わなかった。
見てたくせに。
麦茶が、コップから溢れて流れ出した。
あたしは、佳人に言った。
「あたし、彼と付き合うことにしたんだ」
佳人は、無言だった。
沈黙が、心に痛かった。
しばらくして、佳人は、言った。
「趣味悪いな」
そして、佳人は、翌朝、家を出ていった。
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