トラップ

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「開けないの?」  妻がこちらにハサミを差し出す。 「ああ、開けてみる」  それを受け取り、ゴクリと唾を飲んだ。  紗英子とは何もなかった。  一連のことは俺が一方的に感じていた幻想であって、実際はお互いに男女としての好意を確かめたことなど一度も無かったのだ。  だが、万に一つもこの手紙に、昔を懐かしんだ彼女の過去の想いの告白が綴られていたら?  飲みの席でいつも隣に座っていたことや、最後に抱きつかれたことが書かれていたら?  妻にも話したことがないような俺の詳細な胸の内を、赤裸々に明かされてしまっていたら?    迷いを見せた俺に、冷ややかな視線を向ける妻。 「そんなに後ろめたいことがあるのかしら?」 「いや、そんなことはない。今開けるさ」  俺に大した興味を向けない割に、いつまでも嫉妬深い妻だ。少しでも何かを匂わせる言葉があれば、敏感に反応して逆上するに違いない。  そしたら俺はしらばっくれられるだろうか。俺の中には少しもそんな気持ちは無かったと、断言できるだろうか。 「早く開けて」  妻が急かす。 「わかったよ」  俺はゆっくりと、封筒にハサミを入れた。  続いて引き出した便箋は、内側の文字が透けていて、長い文章が丁寧に綴られているのがわかる。  どうか何も書かれていないでくれ! と祈りながらそれを広げ、妻の疑惑の眼差しの中、俺は紗英子が書いた、バカに几帳面な文字列を読み始めた。  
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