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<1・ゲームスタート>
「あ、渋谷君!この後なんだけど……」
あ、これはまずい、と山手中二年、渋谷拓海は思った。今日居残りさせられるなど、はっきり言って冗談ではない。呼び出される用件も、成績絡みであることがほぼほぼ確定であるから尚更である。
補習なのか、説教なのか、あるいは横柄だった野球部の三年生をとっちめたのがバレたのか。何にせ誉められるはずもなく、そして長引くことは明白である。
「すんまっせん!俺急いでるんで失礼しま!!」
担任教師の言葉を遮って、拓海は鞄をひっつかむとダッシュした。ちょっと!という彼女の声が後ろから聞こえてくるが完全にスルーである。今日という今日は、後でどれほど説教を貰うことになろうと、何がなんでもさっさと帰らせてもらうと心に決めていたのだ。
なんといっても今日なのだ――ずっと待っていた“お楽しみ”が、友達の家に届くのは。
『やりましたよー拓海殿!』
勝ち誇った笑みで、小学校時代からの親友である“新橋柚希”が告げたのは、つい一昨日のことである。
『ついに購入完了!次世代ゲーム機“バーチャルアイランド”!』
『まっじでええええ!?え、よく買えたな、あれめっちゃ高いやつだろ!?』
『高いよー。俺のお年玉は見事にすっからかんだよー。幼稚園の時から貯めておいたの見事になくなったよー』
しくしく、と大袈裟に泣き真似をする柚希。あっちこっちハネた茶髪が、そのたびにふるふると揺れるのが面白い。
『しかーし!大金叩いて買う価値はある!なんといっても、ゲームソフト要らずでゲームがどんどん配信して増えていくし……バーチャルリアリティの世界に飛び込んでゲームできるから興奮度桁違いだもんね!とりあえずダイヤモンドハーツから攻略始めるつもりー』
『えええ、いーなぁ、俺もやりてーなぁ……!!』
ゲームの技術がよりリアルに近づき、バーチャルリアリティの技術が確立されて早数十年。ついに発売された次世代型ゲーム機“バーチャルアイランド”は、今までのゲームの概念を大きく覆す代物だった。
なんといってもリアリティが比較にならない。プレイヤー自らがゲームの世界に転送され、主人公となって縦横無尽にファンタジーな世界を駆け巡ることができるのである。今や流行りの“異世界転移”は、ゲームの中で実現することが可能な時代になったのだ。
ただ問題は、人間の精神を直接ゲームの作るバーチャル空間に取り込むため、ゲーム内でのダメージが多少リアルに影響してくる可能性があること。そして、ゲーム機そのものがまだまだ高価かつ、人気がありすぎて生産が追い付いていないことである。
発売が予告されたのは一年前。発売されてからも予約が殺到し、お金が用意できても購入は容易ではないとされていた実情がある。拓海の両親に至っては“買いたかったら自分で働いてお金を稼げるようになってからにしなさい、そんなものにお年玉を使うなんて許しません!そもそもあんな大きなもの何処に置くの?”ときたものだ。
柚希も似た状況だと思っていたのに、まさか本当にゲットしてしまうとは。
話を聞いた拓海の選択は一つだった。即ち――その場で見事なスラインディング土下座を披露したのである。
おう、まさか野球の盗塁で鍛えたスラインディングが、こんなところで役に立とうとは!
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