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エファはレオナルトにされるがまま抱きしめられながら、広い胸に顔を埋める。
心地よかった。
目を閉じれば、レオナルトの鼓動が聞こえてくる。
「そういえば、式がまだでしたね」
「結婚式のこと?」
「ええ。もう少し落ち着いたら、ちゃんと式を開きましょう。それから、まだあなたの手料理も戴いてないので、そちらもお願いしますね」
「手料理! ……そういえばそんな約束してたっけ」
「……忘れてたんですね。一度言ったことにはちゃんと責任を持ってください。いつだって私ばかり楽しみにしてて、なんだか悔しいです」
拗ねたように唇を尖らせるレオナルトがなんだか可愛らしくて、エファは思わず微笑んだ。それが感に障ったのか、レオナルトの表情が険しくなる。
「とにかく、今のあなたは早く全快してください」
「うん、わかった。えへへ、なんかあたし愛されててすごく嬉しい」
「そういうことを言わないでください、恥ずかしいですから」
むに、と頬をつねられたところで――ああっ、という悲鳴が聞こえてきて、そちらに顔を向ける。
「なにをなさってますの! そんな、まるで「こいつめっ」「テヘッ」みたいな、ああああっ。わたくしも、わたくしもエファさんといちゃいちゃしたいですわ!」
たっと駆け寄ってきたフィリーネを、レオナルトは射殺しそうな目で睨んだ。
「なに甘い空気吹っ飛ばす勢いで乱入してくれるんですか。迷惑ですからどこか消えてください」
「ではエファさんとご一緒に」
「あなた一人で消えてください! だいたい、私とあなたではエファさんに対する愛の量、そして質が違うんです。私の愛の深さにあなたごときが太刀打ちできるはずも」
「重い……重い愛は、相手にとって苦痛なほかありませんわ。エファさんがお可哀そう」
レオナルトはこの世の終わりのような顔をして、ふらふらとたたらを踏んだ。支えるようにさりげなく横に並んだエファは、そっと口を開く。
「あのね、フィリーネ。レオナルト様が、落ち着いたら結婚式をあげてくれるっていうんだ。よかったら、フィリーネも出席してくれる?」
「わたくしが? それは……嬉しいような悔しいような。ですが、エファさんが誘ってくださるのですから、ぜひ出席させていただきます。お揃いの花嫁衣裳にしましょうね」
「隣に並ぶ気ですか!」
「もちろんですとも」
新郎が一人に新婦が二人。そんな場面を想像して、思わず苦笑した。
口論を始めるレオナルトとフィリーネから視線をそらして、ふと、真っ青な空を見上げた。どこまでも清んだ空は、吸い込まれそうなほどに美しい。
うーん、と大きく伸びをして、気合を入れた。
(よし!)
これから二人の仲裁をして、そのあとレオナルトと一緒に部屋に戻ろう。傷を早く癒して、式をあげて、ジルヴェスターと今後のことを一緒に考えて――。
やるべきことは、たくさんある。それがとてつもなく嬉しかった。ここにいていいよ、と言われているようで。
(そのためにも、まずは)
目の前の問題から解決しないと。
「ちょっと、二人とも落ち着いて!」
エファは微笑みながら、二人のあいだに飛び込んだ。
了
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