第二章

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 そういえばアルノーがレオナルトはモテる、みたいなことを言っていたことを思い出す。  けれど、女官たちは一斉に首を横に振った。 「まぁ、奥方様。それは違いますわ」 「そうですよ、わたくしたちが羨ましいのは、奥方様の地位ではなく、神下にお会いできるということですわ」  力強く言われて、エファは軽く首をかしげる。 「……奥方様は御存じないかもしれませんが、神下にお会いできる者には制限がございます」  年配の女官の言葉に、目を見張る。 「制限、ですか」 「はい。一つは、神下の身の回りの世話をする姫巫女。一つは、同じく身の回りの世話及び神下のご用事を託される聖伯爵。そしてその二つの役職にいる者の配偶者、と決まっております」  大きく目を見張った。  地位ある者がどういった生活をしているのかは想像さえできないが、神王にお目通り願えるのは、そんな極一部の人間だけなのか。 「奥方様、ぜひ神下のお姿を拝見した暁には、わたくしどもにお話を聞かせてくださいませ!」 「神下は我らの憧れ、殿上人なのですっ」 「きっと素敵なかたに違いございませんわ! ああん、わたくしもお会いしたいっ」 「これ、お前たちおやめなさい。……奥方様、どうかご気分を悪くされないでください」 「大丈夫、だよ。ちょっとびっくりはしたけど」  かしましい女官たちにもだが、神王に会える権利を貰えたというのが、驚きだった。  今の話によると、この国を総べる神王には、高官や大貴族でさえ会うことが難しいようだ。なのに、聖伯爵の配偶者というだけでいきなり神王に会う権利を貰えるなんて、本当にいいのだろうか。  ふいに、ドアを叩く音がした。 「準備はできましたか?」  ドア越しに聞こえてきた声は、レオナルトのものだ。女官がドアを開ければ、深い緑の燕尾服に着替えたレオナルトが視界に映り込む。 「わ、益々美しくなられましたね。驚きました」  エファを見て素直に称賛したレオナルトは、そっとエファの手を取って手の甲に口づけた。 「では、参りましょうか」  慣れない仕草にドキマギと緊張していると、レオナルトは顔をあげて朗らかに微笑む。 「もちろん、神下のところですよ。話は通してありますから」 「や、やっぱり行くの?」 「ええ。大丈夫、私がいますから」  エファだって、神王に会いたくないわけではない。むしろ会いたい。というよりも、遠目から拝見したい。会うとなると何か粗相をしてしまう可能性もあるからだ。すでに緊張から心臓が早鐘を打っている。  そんなエファを強引に引っ張り、レオナルトは歩き出した。  女官たちをその場に残し、彫刻の施された列柱が美しい回廊を進んでいく。回廊のすぐ隣は緑あふれる中庭になっており、見たこともない木の実を実らせた木々があちこちで育っていた。  それを何気なく見つめていると、ふと、レオナルトが歩調を緩めた。わずかもしないうちに、その場で立ち止る。  どうしたんだろ、と背中越しにレオナルトの前方を眺めると、前から歩いてくる女性がいた。  レオナルトと同じ緑の燕尾服を着ており、波打つ亜麻色の髪を胸元に垂らしている。  大きくせり出した胸は、羨ましくなるほどに豊満で、思わずその胸に視線が釘付けになってしまった。  女性は、はっとしたようにレオナルトを見た。どうやら彼女もまた庭を眺めながら歩いていたために、レオナルトの存在に気づいていなかったらしい。  ややきつそうな印象を受ける吊り上った目が、つと細められた。 「レオナルトじゃないの。帰ってたのね」 「ええ、つい先ほど。神下におかわりはありませんでしたか?」 「わたくしが見る限りではね。……あら、そちらの方は?」  レオナルトはちらりとエファを見て、よそよそしく視線を逸らす。少し強張った表情のまま、そっと口を開いた。
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