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「え、っと。彼女は、私の妻です。式はまだあげていませんが、すでに正式な」
「ああ、例の娘ですのね。神下のご命令とはいえ、こんな野暮ったい娘と結婚しなければならないなんて、あなたも大変ねレオナルト」
(……え?)
神王の命令?
ぱちくりと目を見開いたエファと俯いて口を結ぶレオナルトを見比べて、女性は「あらまぁ」とおかしそうに肩を揺らした。
「あなたのことだから馬鹿正直に事情を話して連れてきたのかと思ったら、そういうわけでもなさそうね。ふふ、まぁいいわ。あなた名前なんていうの? あたしはフィリーネよ」
あなた、といってエファを見るフィリーネの視線は強く、エファはびくりと震えて――ぐっと顔をあげた。
どんな理由でレオナルトがエファと結婚しようとしたのか気にならないわけではなかったが、レオナルトが孤児院に寄付をしてくれたことにかわりはないのだし、理由なんてどうでもいい。とにかく、エファは今、このフィリーネに負けたくないと思った。
女の意地をみせて瞳を見つめ返せば、フィリーネの瞳が綺麗な菫色であることに気づいた。吸い込まれてしまいそうな美しさに、ごくりと喉が鳴る。
「あ、あたしは、エファです」
「そう、エファさんと言うの」
脚衣に覆われたすらりと長い足を動かして、フィリーネがエファのすぐ前に来た。やや高い位置から全身をじっくりと見つめられ、嫌な緊張感のなかでじんわり汗ばんでいく。
「ねぇ、エファさん」
「な、なんですか」
「わたくしと結婚してください」
「は、はい。あの…………え?」
聞き間違いだろうか。
今、結婚してくださいという言葉が聞こえたような。きっと何かの間違いだと結論を出したが、エファを見つめてくるフィリーネの瞳がやけに熱っぽい。心なしか頬は紅潮し、唇はだらしなく半分開き、涎まで垂らしていた。
「まぁまぁまぁ、なんて素晴らしいの! まるで小さな神下じゃないの。ずるいわ、ずるいわレオナルトだなんてっ。わたくしもあなたの夫になる資格があるのではなくて?」
「……辞めてください。だからあなたに会いたくなかったんです」
激変したフィリーネの態度に面食らっているうちに、レオナルトがエファを背中に隠してしまった。
むぅ、と子どものように頬を膨らませて、フィリーネはひょっこりと後ろを覗き込む。レオナルトが一歩後ろにさがり、またエファを隠した。
「ちょっかいを出すのは辞めてください。私が神下から賜った命令です。あなたに資格なんてありませんよ、最初から」
「相変わらず嫌な男ね。ねぇ、エファさん。こんな意地悪で嫌味な男より、わたくしと結婚しませんこと? 幸せにしてみせますわ、必ず!」
「べ、べつにレオナルト様は、意地悪でも嫌味でもないですよ? すごく優しいですし」
そこは訂正しておかないと、と呟けば、フィリーネは目を瞬き、レオナルトは耳を真っ赤にした。
後ろからは耳しか見えなかったが、この調子では顔も真っ赤になっていることだろう。たしかに少し恥ずかしいことを言ったかもしれない、とエファは反省した。
「と、とにかく急いでますから」
「あら、そう。ではまたのちほど、一緒にお茶でもしましょう」
「嫌ですよ」
「あなたではなく、エファさんに言ってるのよ」
にっこり、と清々しいほど綺麗な笑みを残して、フィリーネはきびきびとした動きで回廊の奥に消えていった。
「……今のは、お友達?」
「彼女も同じ聖伯爵です」
「女の人でも、聖伯爵になれるんだ!」
「ええ。天使であれば、聖伯爵になれる資格がありますから」
(天使?)
さっぱり意味がわからない。むしろレオナルトのほうにもわからないのを承知で言っている節があり、詳しく聞くことを躊躇わせた。
代わりに、別のことを問うてみる。
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