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「どうしてフィリーネさん、態度を変えたんだろ。あたし、そんなモテるような美人じゃないのに」
「彼女もあなたの魅力に気づいたんでしょう」
「……前に言ってた、神王様に似てるっていうアレ?」
「ええ」
「そんなに似てるの?」
「似てますよ、とても。それほど強くはありませんが、水の香りもしますし」
(水の香り?)
そういえば前にもそんなことを言われた気がする。
思わず自分の身体をくんくんと匂うが、全然わからなかった。
レオナルトが歩き出したので、エファもまたあとに続く。繋がれたままの手が心強く、エファのほうから強く握りしめると、レオナルトの身体が一度大きく揺れた。
回廊を過ぎると、解放感溢れる渡り廊下に出た。左右の中庭にはこれまで同様に緑が溢れ、あちこちでおいしそうな木の実が惜しげもなくその身体をさらしている。神王との対面間際の緊張のさなかだというのに、「じゅるり」と涎をすするのをやめられない。
(そういえば、今日はまだお昼ご飯食べてなかったっけ)
旅中の食事は決して豪華ではなかったが、それでも孤児院にいたころよりも数段上等で、信じられないことにおかずが三品もついていた。
思い出してお腹が鳴りそうになるのを堪えつつも石畳で出来た渡り廊下を歩き続けると、大きなドアの前に出た。レオナルトの背の二倍はあるだろう両開きの石扉で、取っ手の少し上、ちょうど目線が向かう辺りに、龍を象った彫刻が彫り込まれている。
にも関わらず、豪奢というよりも、どちらかといえば簡素な印象をうけるのは、このドアが石で出来ているからだろう。一色で彩られたドアには宝石などの装飾もない。エファが暮らしていた街にある大聖堂のドアのほうが、ここよりも凝ったつくりになっているほどだ。
エファは少し身体を引いて、ドアの周辺を見上げた。
ドアと同じく簡素な印象を受ける建物が、そこにあった。左右どこまでも続くかと思われるほどに広い円状の建築物で、外装から見ても、天井がとてつもなく高いことが知れる。
だがやはり柄もない一色の石壁はどこか稚拙で、壁は古く痛んでいるし、あちこちに蔦が絡まっていて、ちゃんと管理されていないことが伺えた。
「ここに、神下がいるの?」
「ええ。ここは神下のお部屋です。神王殿と呼ばれています」
「部屋!? この建物まるごと!?」
改めて建物全体を見ようとするが、広すぎて一方の壁の一部しか見えない。城下から王城を見上げたときはものすごく大きな城だと思ったが、もしかすると神王が住むというこの建物が、王城の大半を占めているのかもしれなかった。
「……なんかすごい」
「ここはちょうど、城下から見えた王城の反対側に当たります。広いのは、神王はここを出られないからです。生活のすべてのこの中で終えられる身としては、むしろ狭いくらいでしょう」
レオナルトは淡々と説明をして、片手でドアを押し開いた。重いかと思われたドアはあっさり開き、視界に飛び込んできた大森林にエファは目を瞬いた。
建物のなかは、大木と呼べるだろう巨大な木々であふれていた。どっしりとした幹にうねるような根を持つ剪定されていない自然のままの木々が、天井を押し上げんとしている。
しかも、一本や二本じゃない。
正面に続く石畳の道だけを避けるようにあちこちに群生した木々は、まさに樹海と呼ぶにふさわしいだろう。
(こんな大きな木、見たことがない)
エファが暮らしていた街も田舎のほうだが、近所の森にだってここまで立派な木々はなかったはずだ。
エファはぽかんと辺りを見回したあと、くるりと後ろを振り返った。
外からは気づかなかったが、壁にはガラス張りの窓が沢山につており、惜しげもなく陽光を取りいれる造りになっていた。建物のなかでは陽光が届かないのでは、と思ったが、そんな疑問はあっという間に解決する。
「……深い森のなかに来たみたい」
「太古の森だそうですよ。八百年前にこのブルディーラ神国が建国された折、神下の手によって保護された大森林だそうです」
「じゃあ、八百年前の姿そのまんまなんだ? ……すごいなぁ」
木々の間に伸びる石畳を歩きながら、きょろきょろと辺りを見回していると、ふいにぽっかり開けた場所に出た。
どこからともなく小鳥の鳴き声が聞こえてくるのを聞きながら、エファは目の前に現れた小さな東屋と、その横に設えた一人掛けの椅子に座る人物に目が釘付けになった。
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