第二章

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 ゼップルは怯んだ様子もなく、静かな双眸でジルヴェスターを見下ろしたまま、ため息をついた。 「愚弄しているわけじゃない。ただ、お前が」 「――僕は、八百年を生きる「神」だよ。人であったころの記憶なんて、とうの昔に忘れちゃったね」  言葉を遮られたゼップルの表情がやっと動く。かすかに顰められた眉から読み取るに、彼は今困っているのだろう。  ゼップルを困らせた。  そんなことに、僅かばかりの達成感と、子どもじみた自分の態度に嫌気を覚える。  ジルヴェスターは本を閉じると、背もたれから身体を浮かせた。 「なにをしにきたの? 特異点の枢機卿どのは」 「お前が、陽天使を気にいるのではないかと思ってな」 「可愛い子だよ。レオナルトは、彼女に惚れたみたいだ」 「天使が陽天使に惚れるのはいつものことだ。だが天使は、最後には必ずお前を選ぶ。陽天使を見捨てて」 「必ず、ね」  ジルヴェスターに自嘲的な笑みが浮かぶ。  それをどう取ったのか、ゼップルはそっと目を伏せて歯を噛みしめた。 「俺は、お前が生きてさえいてくれればいい。お前も、死にたくはないだろう?」 「そうだね、死にたくないよ。僕は「神」だ。死んじゃ、いけない」 「ならば」 「わかってるよ」 「わかってなどいないだろう!」  ふいに張りあげられた声音に、ジルヴェスターは目を見開いた。 「……驚いた。きみが怒るなんて、何年ぶりだろうね」 「化石扱いするな。俺は、ただお前が心配なんだ。陽天使がついたのならば、すぐに手に入れてしまえ。時間をやると、厄介だ」 「わかってるってば。でも、少しの猶予くらいあげてもいいだろう? 僕だって、先代にとても可愛がってもらったんだから」 「結果として、お前は先代になにをした」 「……酷いな、そんな言い方」  わざと低い声で呟くと、ゼップルは己の失言に気づいたように大きく目を見開いた。 「……悪い、言い過ぎた。だが、お前はまた繰り返そうとしている。陽天使とて、意志がある。あまり雛だからと舐めるな」 「忠告どうも。肝に銘じておくよ」  もう話は終わりだ、とばかりに手をひらひらと振る。  けれど、頭の固いゼップルはその合図に気づかないらしい。すぐに立ち去ってくれればいいのに、そこに立ち尽くしている。 (……気分が悪いのに)  正しくは、今の会話で不機嫌になったのだが、ゼップルは涼しい顔でジルヴェスターを見下ろしている。  ふと、ゼップルがそわそわと視線を泳がせ始めた。 「ところで、ジル」 「なんだい? きみが僕を名前で呼ぶなんて、珍しいじゃないか。今日は怒鳴られたし、珍しいことばかりだ」 「今日は友として、頼みがある」 「金の工面ならしないよ」 「…………駄目か」  はぁ、とため息をついて呆れ果てた目で見上げれば、慌てたようにゼップルが両手を振った。 「違う!! 俺が賭けに負けたとか、豪華絢爛な生活をしすぎて破産しかけているとか、そういう理由ではなくだな」 「ふーん、じゃあ女かな。貢すぎたんだね、可哀そうに騙されて」 「そんなわけないだろう! こら、そんな憐れんだ目でみるな! これは、枢機卿としての頼みだ」 「枢機卿として……?」  表情を改めたジルヴェスターに、ゼップルもまた神妙な顔をした。 「どういうこと? 枢機卿としての頼みなら、正式に書面にして通してくれればいいじゃないか」 「城下で浮浪民が増えている。教会としては、施しをせねばならないんだが、その費用が足りないんだ。公的手続きは済ませてあるが、それを待てない。だから一時的でいい、金を貸してくれ」 「……浮浪民が増えてる? 待って、そんな報告は受けてないよ。民の生活は安定してるって」 「浮浪民のほとんどは、他国から来ている難民のようだ。隣国アンジェで内乱が起きたことが原因らしい」
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