第三章

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「ゼップル様、ですか」 「……もしかして、会ったらまずかった?」 「いえ、そんなことはありません。ゼップル様は神下の右腕で、枢機卿の地位におられるかたです。あのかたも、もとは聖伯爵だったんですよ。ゆえに、枢機卿の地位を得られたあとも、神殿と神王殿への出入りを許されているんです」 「すごいかたなんですね」 「すごいですよ。あのかたは、聖伯爵のなかでも特異点ですから」 「とくいてん?」 「特別だということです。聖伯爵は――正確には、聖伯爵になるための「天使」は、五十年に一度の割合でこの世に生まれます。ゼップル様は、四代前の聖伯爵だったと伺っています」 「……はい? 四代前? 五十年が四回で、え、二百歳!? どういうこと!?」 「ゼップル様は、なぜか歳をお取りにならないんです」 「不老不死ってこと!? ゼップル様も、神様なの? 神下みたいな」  ありえない。そう呟けば、レオナルトは苦笑を浮かべた。 「さぁ。私たちには、詳しく知らされていません。ですが神下の信頼厚い臣下であることは確かです」 「……そうなんだ」  レオナルトは微笑みながら頷いたが、目が笑っていない。どうやらゼップルに関しては、なにか思うところがあるようだ。 「なにか、嫌なことでも言われましたか?」 「え?」 「ゼップル様は真面目なかたですが、歯にモノを着せない言い方をされるときがありますので」 「ううん、なにも言われてないよ。心配してくれたんだね、ありがとう」  微笑めば、レオナルトもまた表情を緩めた。あ、笑ってる。今度はちゃんと、目も。 「そうだ、肩揉んであげよっか」  思いつきを口にすれば、レオナルトは驚いたように目を見張った。 「唐突ですね」 「院長にしてあげてたのを思い出したんだ。疲れたときは、肩を揉んであげると喜んでくれたから。……そりゃ、あんまり男の人の身体にベタベタ触るのはよくないけど、あたしたち夫婦なんだからいいよね」 「……エファさん」  レオナルトの手が伸びてきて、エファの紅茶を持つ手に触れた。ほのかなぬくもりを伝えながら、レオナルトは瞳を潤ませて見つめてくる。 「あなたでよかった」 「あたし?」 「正直、最初は嫌だったんです」 「ご、ごめん。話が見えない。なにが?」 「神下の命令とはいえ、見ず知らずの女性を妻にすることが、です」  雷に打たれたような衝撃だった。 (や、やっぱり嫌だったんだ)  しゅん、と気分が沈んで落ち込むエファに、レオナルトが慌てたように口を開く。 「でも、あなたでよかった。聖伯爵の妻という地位に奢ることもなく、夫を労って優しくしてくれる。それに……あなたといると、とても楽しい。安らぐんです」 「あ、ありがとう」  言い過ぎだろう、というくらい手放しで褒められて、再び頬に熱があがる。  恥ずかしくて俯いていると、するり、とレオナルトの手がエファの髪をひと房掬い上げた。先端部分に口づけて、空色の瞳を細める。 「どうしてこんなに、あなたに惹かれるんでしょうか」 「……まだ、あたしが神下に似てると思ってる?」 「思ってますよ。……すみません、誰かに似てるなんて言われると、嫌な気分になりますよね」 「むしろ恐れ多いっていうか。あたしなんて、神下とぜんっぜん似てないのに、なんでそう言われるのかちょっとわかんない。どこが似てるの?」 「雰囲気、です」 「……そう言ってたね。雰囲気かぁ」 (似てないと思うけどなぁ)  ぼんやりとそんなことを思いながら紅茶を飲み干したエファは、すっくと立ち上がる。  レオナルトの後ろに回り込んで、両肩に触れた。 「じゃあ、揉んであげる」 「お願いします」 「はーい。あ、あと、レオナルト様は、「陽」天使、って知ってる?」  ゼップルに言われた言葉だ。ずっと気になっていて、レオナルトに聞こうと思ったまま忘れるところだった。  レオナルトが少し首を傾げた。綺麗な淡い金髪が、さらりと流れる。 「……天使、ではなく?」
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