113人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
第四章
肩もみを終えたエファは、仕事に出かけるレオナルトを見送ったあと、暇を持て余して神殿をうろうろしていた。
読書もいいが、そればかりだと飽きてしまうので、たまに運動を兼ねてふらふらと散歩しているのだ。
すれ違うのは女官ばかりで、皆が皆、エファを見るなり頭をさげていく。エファ自身はまったく偉い人ではないので、なんか申し訳がない。
「……あれ」
ふと、神王殿へ続く回廊に差し掛かったとき、純白のマントを頭からかぶった人物を見かけて足を止めた。やたらと周囲を気にしてこそこそと歩いている姿から、もしかして泥棒だろうかと疑いの眼差しを向ける。
(ううん、もしかしたら神下の暗殺を狙ってやってきた殺し屋かも!)
国家間の情勢に疎いエファでも、このブルディーラ神国が、大陸でも特別な扱いをされていることくらい知っている。神が人々を治める国という珍しい体制が一目置かれているのだ。
もしエファの予測が正しければ、このままあの不審者を放置することなどできない。
レオナルトに知らせようか。だが彼は仕事で出かけてしまった。誰に報告すればいいだろう。
迷っているうちに、不審者は木々の影に隠れるように中庭を移動しはじめた。
「……暑いなぁ」
ふと。
不審者の呟きに、エファは目を見張る。
「し、神下!?」
「え? あ、エファじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」
振り向いた拍子にふわりと純白のマントがめくれ、麗しい顔が露わになる。激しく見覚えのあるソレに、エファは慌てて傍に駆け寄った。
「こんなところで、はあたしの台詞ですよ! 神王殿から出ていいんですか? しかもお一人ですよね」
「うん。だからこうして、変装してきたじゃないか」
えっへん、と威張るように胸を反らされ、唖然としてしまう。ジルヴェスターは、神王殿から出れないのではなかったのか。
生活のすべてを神王殿で終える――そう聞いていたから、てっきりあの場から出ることができない身体なのだと思っていた。
神王殿の空気は清浄で、神の身体であるジルヴェスターは清い場所でしか生きていくことができない、というように。
「ちなみに、どちらへ行かれるんですか」
「城下だけど」
「お一人で!? ちょ、誰か、えっと、姫巫女様? か、聖伯爵様は御存じなんですか?」
「ううん、知らない。でも大丈夫、今は人払いをしてあるから、バレないと思うよ。あ、せっかくだし一緒にくる?」
悪びれもなく手を差し出されて、エファは拳を胸の前で握りしめた。
「駄目ですよ、戻りましょう」
「大丈夫だってば。ふふ、心配性だね」
「でも、危ないですよ。もしなにかあったら、大変じゃないですか」
ジルヴェスターは笑みを深めて、おもむろにエファの手を取った。引っ張られて、されるがまま歩き出す。
「大丈夫大丈夫。あ、それともこのあと用事があるの?」
「……ないですけど」
「じゃあいいじゃないか。お菓子買ってあげるから」
うきうきと嬉しそうに歩き出すジルヴェスターは、女官が通りかかるたびに木々のあいだに身を潜め、ひと気のない神殿の通路を通って、エファが来たこともない表側の神殿へやってきた。
どうやって城下に降りるのだろう、と思っていると、なんとジルヴェスターは堂々とした風体で門番の横を通りぬけ、あっさりと外に出た。
振り返れば、やけに立派な門の前で、無表情のまま立ち尽くしている門番がじっと立っている。
最初のコメントを投稿しよう!