第四章

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「……なんで何も言われないんだ」 「僕は神だからね。あー、それにしても外に来たのは久しぶり。もう夏だね。暑いなぁ」  のんびりとそんなことを言いながら、ジルヴェスターは身体を覆っているマントをぱたぱたと動かした。  それを眺めながら、気が気でないエファは懸命に辺りを見回し、危険がないかどうか探りを入れる。  とはいうものの、エファ自身王都ベリランカに降りるのは初めてなので、ついつい珍しいものに視線が止まってしまう。  王城のすぐ手前に伸びる大通りは、市場になっていた。歩道の半分を占める露店には、果物や香辛料から、布生地などの日用品まで多種多様なものが売りに出されている。 「賑わってるね。さすが我が国。やっぱり僕はすごいなぁ」 「帰りましょうよ、やっぱり駄目です」 「エファはほんと真面目だね。あ、砂糖菓子が売ってる。食べない?」 「砂糖菓子!!」  勢いよく振り向けば、たしかに砂糖菓子が売っている露店があった。  女心に、いつか食べてみたいと思っていた菓子だ。砂糖は高値なので、孤児院で暮らしていたころは調味料として使う以外は、滅多なことで砂糖を食べることができなかった。  マリアとよく話したものだ。いつか、砂糖菓子をいっぱい口に頬張りたい、と。  エファの食いつきのよさに微笑んだジルヴェスターは、さっさと露店の前に立って砂糖菓子を注文する。 「あいよー、二つね」  店主のおじさんが、紙でできた器にコロコロとした透明な砂糖の塊を乗せていく。  そのとき、ビュオッ、と一際強い風が吹いた。  ふわりとジルヴェスターが頭からかぶっていたマントがずれて、彼の美しすぎる顔が露わになる。 「あ」  慌てて戻すものの、ばっちり顔を見てしまった店主がいきなり涙を流し始めた。  肩と唇を震わせて、紙の器ごと砂糖菓子を落としてしまう。 「も、も、も、も、もしや神様!?」 「即刻バレた!! 神下、もう行きましょう!」 「でもこれ食べたいじゃないか。頼むよ、店主。二つ買わせておくれ」 「め、滅相もございません! タダでいいですよ、タダで! ああああ、もう一度だけっ、もう一度だけお姿を拝見させてくださいませんか!?」 「いいよー」  ぺらり、と頭にかぶったマントをめくる。 「うは――――っ」  その場で屈伸をし始めた店主を、エファはひきつった顔で見つめた。  気持ちはわかる。  エファもはじめてジルヴェスターを見たとき、このかたのためなら何でもできるような気がしたのだ。 今もその気持ちは変わらないし、傍にいくたびに香ってくる水の匂いを吸い込めば、心身ともに満たされた不思議な気分になる。  砂糖菓子を受け取ったエファたちは、これでもかというほど見つめ続けてくる店主の視線から逃れるように、人ごみに紛れ込んだ。  ジルヴェスターはちゃんと頭からすっぽり布を被り、砂糖菓子を食べながら辺りを見回している。 「甘くて美味しいね。結構高いのに、タダでもらえるなんてよかったよかった」 「そうですね! ……はっ、じゃない! そろそろ戻りませんか?」 「もうちょっとー」  なんとか帰らないと、と思考を巡らせていたが、ふとジルヴェスターの足取りに迷いがないことに気づく。 (どこかへ向かってるの、かな?)  神王殿から出たことがないはずのジルヴェスターが、城下の地理に詳しい。つまり、これまでにも神王殿を抜け出して城下に降りていたということだろう。今日が初めてではないのだ。  はぁ、とため息をして、エファはすぐに帰還することを諦めた。言ったところで聞いてもらえないだろうし、口うるさく言って嫌われてしまうのも辛いのだ。  とにかく無事に戻ってもらうためにエファは再び、周囲に細心の注意を払う。  ジルヴェスターは人込みに流されながらも大通りから逸れ、細い裏路地に入った。 「……どこへ行くんですか?」 「大聖堂だよ。ちょっと気になることがあってね」  大聖堂とは、神を祀り信仰する宗教建築だが、このブルディーラ神国で祭られている神は決まって二つだ。
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